移民
冒険者ギルドのギルドマスター。
黒光りしたスキンヘッドが太陽光を反射して眩しいんですけど……。
「おぅ、ヴァンじゃねーか。こっちの方向にいたとはツイてるな。これからゴブリンキングの討伐に向かうからつき合って欲しいんだが……っと、そっちのお嬢さんはまさか」
「侯爵家の御令嬢であるアグリ・カルティア様です」
ヴァンが私を紹介すると、ギルマスは馬から下りて私の前に膝をついた。
「失礼しました。私は侯爵領北部の街ラディッシュの冒険者ギルドでギルドマスターをしているゴインと申します」
厳つい見た目に反して、きちんと礼を弁えているようだ。
「初めまして。カルティア侯爵の娘アグリですわ」
ドレスではない古びた服だが、一応貴族らしくカーテシーはしてみた。
「ヴァン、もしかして今はこの方の護衛をしているところか?」
「ええ、まぁ」
「ちっ、じゃあしゃーねぇか。俺一人じゃキツいんだが、なんとかゴブリンキングを食い止めてくるか」
ギルマスは輝く頭を掻きながら溜息をついた。
お供も連れずに一人でゴブリンキングに立ち向かうつもりなんだろうか?
まぁその盛り上がった筋肉なら、普通のゴブリンの攻撃なんて弾き返しそうだし、ゴブリンキングとも渡り合えそうね。
ゴブリンキング、もういないけど。
「ギルマス、そのゴブリンキングなんですが……」
ヴァンが説明しようとして言い淀み、チラリとこっちに視線を向けた。
こらこら、怪しまれちゃうでしょうが。
サクッと言っちゃいなさいよ、ヴァン。
「なんだ、ゴブリンキングを見たのか!?」
「いや、その……お、俺が追い払いました」
ヴァンが自信なさげに言うと、ギルマスは暫し絶句して動きを止めた。
丁度頭部で反射された光が私の方に来ちゃってるよ!眩しいから動いて!
「ま、マジか……?さすがセヴァス爺さんの孫だな。しかし、討伐は出来なかったって事か」
「あ、はい。さすがに俺一人で討伐は無理ですから」
「まぁ護衛対象がいる中で深追いも出来んだろ」
ギルマスが感心しながら、完全に信じ切っているようだった。
ちょっと良心が痛む。
まぁ脅威は去ってるんだし、問題ないよね。
「じゃあとりあえず、俺は念の為ゴブリンの集落があったって場所を確認してくるわ」
ギルマスは立ち上がり、馬に乗って行こうとしてしまう。
それは拙い……。
今その集落には元ゴブリン達が腰巻きだけの半裸で生活してるんだから。
人化で人の姿になってるとはいえ、怪しい集団には違いないから最悪盗賊の疑いを掛けられかねないわ。
なんとかギルマスを遠ざけないと。
『いえ、寧ろ公認してもらった方がいいのではないでしょうか?』
え?どゆこと、スキルちゃん?
『ご主人様が保護した移民という事にして、ギルマスがそれを認めれば誰も手出し出来なくなります』
なるほど!
「お待ちください、ギルドマスター」
「何でしょうか?」
「ゴブリン達はヴァンが追い払ったのですが、その際に襲われていた人達を保護しました。山奥の山村で暮らしていた者達らしく、平地に移住しようとしていた所だったようです」
「何ですとっ!?」
「それで住む場所を探していたその人達に、ゴブリンの作った集落を使ってもらう事にしました。その人達は私の名の下で保護しますので、おかしな嫌疑を掛けぬようお願い致します」
私の話を聞いて考え込むギルマス。
そして私をジト目で睨むヴァン。
視線が痛い……魔眼じゃないわよね?
「承知しました。私の方でもその者達の保護をしましょう。但し、最終判断は侯爵領主代行であるライス様の判断に従う事になります。よろしいですね」
そっか、お兄様の説得も必要なのか。
まぁお兄様は私に甘いので何とかなると思うけど。
あとはスキルちゃんの遠隔指示で元ゴブリンキングに口裏合わせて貰えば大丈夫ね。
「はい。よろしくお願いします」
貴族である私に頭を下げられて、ギルマスはばつが悪そうに去って行った。
「お嬢様、移民なんて聞いてませんが?」
だって言って無いもの。
ゴブリンが人化したなんて言えないし。
「先程ギルマスに報告した通りです。ギルマスにお任せしたのだからその話はもういいでしょう?」
だからそのジト目は止めなさい。
お兄様ほどではないけど、それなりに顔立ちが整っているヴァンのジト目も可愛かった。
そして明日辺りに来るであろうお母様に備えて、今日は街を素通りして軽トラを全力で領主邸まで走らせた。
ヴァンは隣で寝てたけど。
今日のうちに帰っておいて、明日お母様が来たところを出迎えれば、少しは印象がいいでしょう。
あとは『焼畑』を攻撃魔法っぽく見せれば追放は免れるだろうし、更なる鍛錬と称して侯爵領に止まれば農業も続けられる。
完璧な作戦だ。
いける!
……と思ってた時期が私にもありました。
侯爵領の領主邸に辿り着くと、門番がいる筈の場所には綺麗なドレスを着た般若が立っていた。
「お帰りなさいアグリ。お説教を聞く準備は出来ているかしら?」
「ごきげんよう、お母様……」
視界の端の夕日が滲んで見えた……。