看破(ヴァン視点)
覚醒と共に急激に体の痛みに襲われる。
俺は何をしていたんだったか?
気を失う前の最後に見た光景は確か——、
「ゴブリンキングはっ!?」
目をはっきりと開けると、目の前の景色が動いていた。
いや、移動しているのは俺の方か?
「ヴァン、目が覚めたのね。良かったわ」
声のした方を見ると、侯爵家令嬢であるアグリ・カルティアお嬢様が円形の操縦桿を操作していた。
恐らく俺は今、お嬢様の白いゴーレムに乗っているのだろう。
景色がどんどんと流れていく。
相変わらず凄まじい速度で移動しているな。
……いや、それよりも今確認しておくべき事は他にあるんだ。
「お嬢様、ゴブリンキングはどうしましたか?」
俺の問いに、お嬢様はおかしな間を持って返答した。
「……ご、ゴブリンキングね。ヴァンが止めを刺そうとした時に復活して、ヴァンを吹き飛ばしたんだよ。そしてそのままどこかへ逃げて行ったみたい」
……おい、お嬢様、何故今目を逸らした?
「ゴブリンキングは逃げたんですか……?」
「そ、そそ、そうよ。他のゴブリン達も逃げちゃったから、もう心配いらないわ」
明らかに嘘をついていると思われる挙動だ。
絶対にこちらを見ようとしないし、大量の汗をかいている。
外は日が傾いているとはいえ、残暑が厳しいので汗をかくのも不思議ではない。
しかし、このお嬢様の白いゴーレム内はまるで別世界のように涼しい空気に満たされている。
いくら汗かきだったとしても、あれ程の汗をかくはずがないのだ。
俺もみくびられたものだ。
もっとも俺のスキルは秘匿されているのだから、嘘が通じると思われてしまうのも仕方がない事だろう。
俺はお嬢様が嘘をついているかを確認する為に、お嬢様の汗に『魔眼』を使った。
——名称:汗
——状態:嘘をついている味
やはり、汗が嘘をついている味になっている。
何故俺の魔眼が味覚で表現するのかは分からないが、嘘については完全に看破出来るので重宝している。
嘘をついている味とはどんな味なんだろうな。
まぁそんな事はどうでもいい。
ゴブリンが逃げたというのが嘘ならば、お嬢様が悠々と帰路についているのが説明出来なくなってしまう。
逃げた訳じゃないのに帰れているという事は、お嬢様が倒したのか?
魔力が枯渇して動けなかった筈なのに、いったいどうやって……。
いや、昨日今日と散々常識外の行動を見せてきたお嬢様だ。
何らかの奥の手があったとしても不思議じゃない。
しかし、魔力が枯渇していてもゴブリンキングに止めを刺せるなど、お嬢様のスキルは規格外すぎる。
本当にお嬢様のスキルは『農業』なのだろうか?
何か隠蔽するような技能を持つスキルで、鑑定や看破等を阻害するために『農業』に偽装しているとしか思えない。
俺のスキルを全開にしてでも、お嬢様の本当のスキルを知っておくべきじゃないのか?
興味があるのも事実だが、それ以上にライス様、延いてはカルティア侯爵家の為にも真実を明らかにしておくべきだろう。
俺は両目に最大限の魔力を集中させる。
そして、アグリお嬢様のスキル情報の深淵を覗いた。
——名:アグリ・カルティア
——身分:侯爵家長女
——スキル:農業
くっ……、やはりスキルは『農業』としか表示されない。
俺の魔力が足りなくて看破し切れないって事か?
いや、まだ続きがある……。
——配下:農奴となった元ゴブリンキングと元ゴブリン達
「ブフーーーーッ!!」
「うわっ、何よヴァン、汚いわねっ!フロントガラスが唾でベトベトじゃないのよ!」
「す、すみません……」
いや、こんなもの見せられたんだから、唾ぐらい許して欲しい。
農奴って何?
元ゴブリンキング?
元ってどういう事だ?
疑問しか出てこねーよ!
誰か説明してくれ。
魔眼、もっと詳しい情報くれよ。
頭おかしくなりそうだわ……。
俺が頭を抱えていると、遙か前方に馬でこちらへ向かって来る人の姿が見えた。
「お嬢様、人がこっちに向かって来てます。このゴーレム、あんまり見せない方がいいんじゃないですか?」
「それもそうね。降りましょう」
ゴーレムが停止したので、俺達はその場で降りる。
お嬢様がゴーレムを消したところで、再度前方から向かってくる人影を確認した。
あの筋肉隆々のゴツいフォルムは見た事あるな……。
「あれは冒険者ギルドのギルドマスターですね」
「え?なんで冒険者ギルドのギルドマスターが、こっちに向かって来てるのかしら?」
「さぁ?ひょっとしたら、冒険者ギルドの方でもゴブリンキングの情報をつかんでいたのかも知れませんね。きっと何か聞かれると思いますよ。俺はギルマスとも面識があるので」
俺がそういうと、お嬢様は分かりやすく取り乱して、オロオロし始めた。
そして、とんでもない事を言い出し始める。
「ねぇヴァン。ゴブリンキングはヴァンが追い払った事にしてくれない?」
「はぁっ!?何言ってるんですか。お嬢様が殆ど単独で倒してしまったし、俺は何も出来ずに最後は気絶してたんですよ」
「でも私、あんまり目立ちたく無いのよね。農業の時間が減る……じゃなくて、スキルをもっと上手く扱えるように訓練しないとだから、討伐とかに狩り出されるのは困るのよ」
おい、今完全に私欲で「農業の時間が減る」って言ったよな?
「俺だって自分の実力以上の評価を受けるのは困ります。侯爵家の兵として、正確な力を把握して貰わないと、いざという時危険ですから」
「それについては大丈夫よ。いざという時は私がヴァンをパワーアップしてあげるから」
お嬢様のスキルは、俺の想像を遙かに超えているようだ。
俺はお嬢様の発言に背筋が寒くなった。
そんな能力、世界を揺るがしかねないぞ……。
だが同時に、パワーアップという魅惑の言葉は、俺の心をときめかせた。
スキル強化の秘密がそこにある。
結局その誘惑に抗えず、俺はお嬢様の提案を呑む事にした。