何者
私が顔を顰めたのを見て、ゴブリンキングは下卑た笑みを浮かべた。
「ゲギャギャギャッ!いいなぁその顔。俺様、人間の怒りに歪んだ顔が絶望と恐怖に染まる瞬間が大好きなんだ。この耕した大地にもっと栄養を与えてやるぞ。お前ら、そこに垂れ流せ!」
ゴブリンキングの命令によって、隊列を組んでいたゴブリン達が一斉にその場で排泄を始めた。
周囲に悪臭が漂い、その臭いを吸い込んだゴブリンキングは愉悦に浸る。
「どうだ、嬉しいか?糞尿まみれで栄養満点の畑の出来上がりだ。ギャギャギャ!」
私の中で何かが切れる音がした。
「……おい、調子にのるな」
「ゲギャッ!?」
無意識に解放してしまった私の魔力を感じて、ゴブリン達は排泄が途中で止まってしまう。
そしてゴブリンキングは余裕ぶった笑みが消え、一歩後ろへ退いた。
「堆肥ってのはねぇ……ただの糞尿の事じゃないのよ。微生物の力で発酵させて熱で病原菌を駆逐しなきゃ使えないんだから。排泄しただけの糞尿は、ただの汚物でしかない」
発酵時に生じる熱が60℃以上になる事で病原菌を取り除き、栽培した野菜などを安全に食べられるようにする必要がある。
その工程を省いたただの汚物を農地にぶち巻かれたら、そこでは栽培出来ないでしょうが。
「ただの汚物は……汚物は焼却じゃあああああぁっ!『焼畑』っ!!」
私が手をかざして大地に魔力を送ると、地面から紅蓮の炎が立ち上る。
炎は排泄途中のゴブリン達を丸ごと包み込み、空へ向かって轟々と燃え盛った。
「「「グギャアアアアアアッ!!」」」
お母様に疑われないようにと考えていた攻撃系の技『焼畑』。
焼畑農業は、古くは森などを焼いて整地する為に行っていた農法だが、前世の私がいた国では食物として使用しない藁や籾などの廃棄物となる部分を処分する為にしか行われていなかった。
しかし、農業とは密接な関係にあり、且つ炎を攻撃に用いる事が出来る。
私のスキルにとっては有用な農法で、スキルの偽装にはぴったりなのよね。
本来開墾してしまった土地に使うものでは無いけども、病原菌が土に入り込むのは勘弁して欲しかったからしょうがない。
私は魔力を強めに込め、汚染された区域に超高温の炎を展開した。
ゴブリン達は炎に巻かれて逃げ惑い、もはやゴブリンキングの命令など届いていなかった。
「ゲギャ!おのれ人間っ!!」
ゴブリンキングが私へ向かって駆け出す。
そこにヴァンが割って入り、剣で攻撃を加えて牽制した。
「あれぐらいの炎じゃゴブリンキングは倒せません!俺が引きつけますから、その間に逃げてくださいっ!!」
逃げる?
私の農地をめちゃくちゃにした敵を放って?
出来る訳ないでしょうが。
そうでしょスキルちゃん。
『同感です。農業を冒涜した者には天誅を』
スキルちゃんも怒ってらっしゃるぞ。
私は魔力を込めて、天誅に相応しい雨雲を呼んだ。
どす黒い雲が辺り一面を覆い隠し、空からの光を遮断する。
周囲には闇が立ち込め、その中で焼畑の炎が揺れ動く様はかがり火のようだった。
鳴動する暗雲が今か今かと光をチラつかせていた。
「ぐうっ!」
ゴブリンキングの攻撃を避け切れず、ヴァンは吹き飛ばされて、離れた木の幹に体を打ち付けてしまった。
だが、ダメージを受けた体を引き摺りながらも、またゴブリンキングに立ち向かおうとする。
「お嬢様、早く逃げ……」
しかし思いのほかダメージが大きかったようで、がくりと膝をつくヴァン。
「大丈夫、そこで見てなさい」
ゴブリンキングは、ヴァンが動けなくなったと見て、今度はこちらに標的を変えた。
「ゲギャッ!部下達をやったお前は絶対に許さない!」
許さないのはこっちよ。
私は呼んだ——天翔る閃光を。
「『稲妻』っ!!」
「グギャアアアアアアアァッ!!」
天より振り下ろされた雷槌を、ゴブリンキングはモロにその身に受けた。
一瞬体が透けて骨格が顕わになる。
私は連続して稲妻をゴブリンキングに落とし続ける。
スキルちゃんのレベルが上がり着雷精度も向上しているらしく、先の侯爵邸で放った時よりも正確に的を貫く事が出来た。
怒りに任せ魔力が尽きるまで打ち続けてしまい、最後の一発を放った瞬間、膝の力が抜けてその場に蹲ってしまった。
「ふぅ……」
砂塵が舞い、それが周囲の視界を奪う。
ゴブリンキングの断末魔の声は雷鳴によって聞こえなかったけど、あれに耐えられる生物がいるとも思えない……。
しかしここで、少し離れた場所からその光景を見ていたヴァンが、余計な一言を口にしてしまう。
「やったか……?」
その呪いの言葉は、かの魔物にとって祝福となった。
舞っていた砂塵が風に流され薄れて行くと、風前の灯火でありながらもギリギリ命を繋いでいたゴブリンキングが姿を現した。
「ゲギャ……や、やってくれたな……。だが、絶命の淵に立たされた時、何かが俺を呼び戻したぞ……」
ヴァン、なんて事を言ってくれたのよ……。
それはフラグだから、絶対言っちゃダメなやつでしょうが。
ホントにもう、厨二なんだから。
「ギャギャ……最後の最後で、俺の勝ちだ……」
私は魔力が切れて足が言う事を聞かず、もう動く事が出来なかった。
拙っ……。
ゴブリンキングが拳を振り下ろそうとするのが、スローモーションのように見えた。
私の第二の人生終わった——と思った瞬間、頭の中で声が響いた。
『させませんっ!!』
直後、私の後ろで急激に轟音が鳴り響き、何かが地面を蹴った。
それは私の頭を飛び越えて、ゴブリンキングに襲いかかる。
諦めが滲む瞳に映ったのは、先程ヴァンを逃がそうと思って召喚しておいた農家御用達自動二輪車。
私の体の中の魔力は使い切ってしまったけど、自動二輪車にはまだ私の魔力が残っていて、それをスキルちゃんが動かしたのだ。
高速回転した後輪が、ゴブリンキングの延髄を捉えた。
「グギャアアアッ!!」
そのまま倒れ伏すゴブリンキングの頭を自動二輪車が車体でプレスすると、そのままゴブリンキングは沈黙した。
「危なかった……スキルちゃん、ありがとう」
『どういたしまして。ご主人様を守るのは当然の務めです』
ゴブリンキングはピクピクと動いているので、まだ生きてはいるようだ。
とんでもない生命力だね……普通は雷に何発も打たれたら、それでお終いだろうに。
私がゴブリンキングのしぶとさに呆れていると、ヴァンが足を引き摺りながらこちらへと近寄って来た。
「マジっすか……ゴブリンキングを単独で討伐するなんて。貴方はいったい何者なんですか……?」
まったくヴァンってば、今更何を聞いてるのかしら?
追放されない為にも、決して明かすことは出来ないけれど、
前世の記憶を持ち、最強無敵の『農業スキルちゃん』を神から授かった——
「私は、侯爵令嬢アグリ・カルティアよ!!」
決め台詞が出たここまでで第一部——としたかったのですが、
第二部冒頭に持ってこようとしていた、その後の事後処理的な話が長くなりすぎるので、第一部はもうちょっとだけ続くんじゃよ。
そして第二部以降はもっと長くなるんじゃよ。
七つの球を集めるという当初の目的を忘れたかのように、戦闘中心になってしまった某漫画の如く……。