魔力当て
飛び出したヴァンに複数のゴブリンが群がっていく。
咄嗟にヴァンは、視線を向けた先のゴブリン達に何かをして、一瞬だけ動きを止めさせた。
それを逃さず両手に握った剣で切り裂いていく。
今、何やったの?
魔眼っぽい技使ったように見えたけど、スキルかな?
いや、あれは見えてる方向に魔力当てただけのような気がする。
こんな状況でも魔眼ごっことは……ヴァンってば、余裕あるね。
それにしてもヴァンは敵の攻撃を避けるのが上手い。
敵の動きを先読みして、攻撃を避けながらカウンターで斬りつけるから、ゴブリンが自ら刃に吸い込まれていくように見える。
思ってたより強いなぁ……お兄様が私の護衛に付けるだけあるかも。
「ゲギャギャッ!!」
迂回してヴァンの横を抜けたゴブリンが、私の方にも数匹飛びかかってきた。
「汚い手で私のトラクターに触れないでくれるかしら?」
私はトラクターに触れられる前に、ゴブリン達に向けて強めに魔力を放った。
それを受けたゴブリン達は衝撃で吹き飛び、地面に激突すると白目を向いて動かなくなった。
それを見た、ヴァンも一瞬動きを止める。
こらこら、戦闘中なんだから危ないでしょうが。
ヴァンを後ろから襲おうとしているゴブリンにも、強めの魔力を当てて気絶させた。
ちょっとヴァン、物言いたげな顔してないでちゃんと闘いなさいよ。
私の魔力当てはお母様直伝の絶技で、スキルに関係無く敵を無力化出来る技だ。
護身術ってお母様は言ってたけど、私は魔力量が多いし、ゴブリン程度なら一掃出来てしまうのである。
原理は言うだけなら簡単。
指先ぐらいの小規模範囲に魔力を圧縮して、それを相手の心臓、魔物の場合は核に当ててるだけだから。
但し、魔力を圧縮出来る程の魔力操作は、殆ど職人芸の域である。
しかもそれが出来たからと言って強くなれる訳でもないし、スキルが強力なだけで強者弱者が塗り替えられてしまうので、普通の貴族はその修練に時間を費やしたりしない。
そのため、出来る人はかなり限られるとお母様が言ってた。
更にそれを相手の心臓に最適な角度で的確に当てるというのが難しい。
かなり緻密な魔力操作でやらないと、ただ相手を威圧するだけで終わってしまうのだ。
まぁ、セヴァスは魔力を使わずに、拳を回転させて心臓付近を殴るだけでやってのけてたけどね……。
ヴァンも相手の動きを一瞬止められるみたいだけど、あれは無理矢理魔力の圧で押し止めてるだけだと思う。
魔力当ての真髄は、相手に『自分の時を止められた』と感じさせる事である。
もっとも、お母様以外でそこまでの芸当が出来るのは私とお兄様ぐらいだけど……。
ちなみに先程のゴブリン達に行った魔力当ては、加減無しで魔物の核に直撃させて意識を刈り取っただけ。
トラクターに触ろうとしてたから、つい力が入っちゃったよ。
「マジで護衛要らないのかよ……」
だからそう言ったでしょ、ヴァン。
まぁ強力なスキルを持ってる敵が来たら、さすがに魔力当てだけでは勝てないと思うけど。
『私がいるので大丈夫ですよ』
そうだね。
スキルちゃんの力があれば、もはや怖いものなど無いよ。
いや、お母様だけは怖いかも。
いやいや、最近はお兄様もお母様に似てきたから、若干怖い。
物理では抗えないものも、世の中にはあるって事だね……。
ヴァンは殆どのゴブリンを倒したが、数匹だけ手強いのがいるようで仕留めきれないでいた。
他のゴブリンよりも一回り大きく、武器を持って防具まで装備している。
恐らく上位種という奴だろう。
かなり苦戦しているようなので、私が魔力当てで倒してしまおうかと思ったが、その前にスキルちゃんが動いた。
『“囲い罠”っ!』
ヴァンが体勢を立て直す為に後退した瞬間、ゴブリン達との間に距離が出来た。
その一瞬のタイミングで、ゴブリン達を囲うように金網フェンスが顕現して、設置された。
害獣駆除に使う『囲い罠』である。
前世では多数の鹿なんかを一度に閉じ込めて捕獲するのに使われていた。
天井まで完全に金網で塞がれており、出口は無い。
囲い罠の中に閉じ込められたゴブリン達がギャーギャーと騒いで金網を破ろうと武器を振り回すが、寧ろ武器の方が欠けてしまっているようだった。
「な、何だこれ……一瞬でゴブリンを捕らえた?」
ヴァンが驚いてるね。
私も驚いてるよ。
だって今、私の意思に関係なくスキルちゃんが勝手に召喚発動してたし……。
そういえば、おにぎりの時も自動的に召喚されてたわ。
スキルってそういうもんだっけ?
パッシブなの?パッシブスキルちゃんなの?
『申し訳ありませんご主人様。これで終わりでは無いので、ご主人様の魔力を温存するために囲い罠を使いました』
なるほど、それならしょうがない……のか?
うーん、会話出来るだけじゃなくて、勝手にスキル発動まで出来ちゃうとか、マジで恐ろしい子……。
『古いネタ言ってる場合ではありません。来ます』
何が?と思って前方を確認すると、先程の10倍以上のゴブリンの群れが向こうの集落から現れるのが見えた。