ギルマス
カルティア侯爵領の北部にある街ラディッシュ。
その街の冒険者ギルドのギルドマスターであるゴインは、二日酔いで痛む頭を押さえて唸っていた。
「おい、ネリ……なんでこんな朝っぱらから俺を呼び出してくれてんだよ?」
ネリと呼ばれた女性はクイッと眼鏡を指先だけで持ち上げると、冷ややかな眼でゴインに状況を伝える。
「それだけ緊急の用件だと言う事です。ゴブリンの集落が発見されました」
「なっ、何だとぉっ!?ぐあっ!!」
思わず上げた大声のせいで、二日酔いの痛みが脳を締め付けた。
ゴインがうめき声を上げながらも崩れ落ちなかったのは、冒険者を引退してもなお隆々とした筋肉に覆われているからだろう。
そしてギルドマスターという冒険者ギルドを預かる者としての矜持もあったのかも知れない。
「そんな状態で矜持を発揮するぐらいなら、連日酩酊するまで酒を飲まなければいいのに」とは、副ギルドマスターであるネリの談である。
「ど、どこだそれは?侯爵家騎士団に依頼した、例の魔物が増加している場所か?」
苦痛に耐えながらも、詳細な情報をとネリに促す。
「……いいえ。それなら態々ギルマスをお呼びしません。北方向ではあるのですが、そちらからは離れた場所の荒野の奥です」
ネリが地図をテーブルに広げて場所を指し示す。
「恐らく荒野方面にゴブリンの集落が出来た事により魔物が移動し、こちらの人が住む地域で魔物が増加したのだと思われます」
「ちっ、それじゃあ魔物暴走の徴候だと思ってたのは見当違いだったって事かよ」
「放っておけばやはりそちらも暴走の危険性はあります。しかし、今最もその徴候があるのは元凶となっているゴブリンの集落の方です」
「魔物が大量に移動する程って事は、集落はかなりの規模なのか?」
「はい。外から見ただけでも2000匹を越える規模だったと……」
「おい、それって確実に……」
「ええ、ゴブリンキングが誕生してるでしょうね」
「マジかよっ……ぐっ!?」
驚愕と二日酔いの板挟みで、ゴインの髪の無い頭部には大量の汗が滲み出ていた。
窓から入る朝日が反射して黒光りしたシャンデリアになったゴインの頭を、ネリはそっとタオルで拭いた。
「それで急ぎ騎士団の方に連絡係を送りました。ただ、昨日騎士団はこの街に滞在せずに素通りしたので、追いつくにはかなりの時間がかかると思われます」
「そうか……。ん?おい待て。既に連絡係を送ったのなら、何で俺を呼び出す必要があった?」
ゴインの頭を拭いていたネリの手が止まり、ついっと視線を外す。
「ギルマスには別の仕事をお願いしたいからです。騎士団が到着するまで、荒野のゴブリンキングを抑えておいて欲しいのです」
「この二日酔いの状況を見て頼むとか、お前は鬼か?それにゴブリンキングは俺一人じゃ抑えきれねぇよ。さすがに命は惜しいんだが」
「市民を守る為ならギルマスの命など安いものです」
「アホかぁっ!!勝手に俺の命を安売りするんじゃねぇっ!!」
「まぁそれは冗談ですが……」
ネリは顎に手をあて、小首を傾げて暫し考える。
「一人で抑えきれないなら、誰かを付ければいいんですよね?」
「ゴブリンキングと闘える奴なんて、そうはいねぇぞ」
「今この街にヴァンが来ているらしいですから、彼に頼みましょう」
「ヴァン?おお、セヴァス爺さんの孫か!確かに、あいつがいれば何とかなる。じゃあネリ、後は街の人間に荒野の方へ近づかないよう徹底してくれ」
「承知しました」
その後、ヴァンが既に街から出たという情報を聞き、ギルマスは崩れ落ちた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
北へ進むごとに道は荒れてきたけど、さすが私のスキルちゃんが生み出した軽トラ。
サスペンションの効きがとても良く、まるで舗装された道路を走っているが如くだった。
エアコンが効いてるので、車内は外の残暑も感じ無い快適空間。
最初はあまりのスピードに怯えていたヴァンも、今では揺れが心地良かったみたいで、寝不足からか助手席で寝息を立てている。
ヴァンが寝ちゃったおかげで、私はヒャッハーしたいが声を抑えざるを得なかった。
「むにゃ……俺の魔眼はまだ進化する……」
ヴァンってば、寝言が完全に厨二なんですけど……。
私が右手を押さえてプルプルしてた時は無反応だったのに、まさかの魔眼系厨二だったとはね。
どうもノリが悪いと思ったら、右手が疼く系とは相容れない思想だったのか。
無理矢理現実に引き戻すような事は精神の成長に良く無さそうだし、そっと見守る事にしよっと。
それにしても魔眼に憧れてるって、殿下のスキルを知ったら、きっと羨ましがるんだろうなぁ。
まぁ王族のスキルを勝手に話したら罰せられると思うから、言わないけど。
「むにゃ……やった、遂に進化して写○眼に……」
おっと、魔眼系から忍系に進化したようだ。
ヴァンの寝言をBGMにして軽トラを走らせ、私達はようやく目的地に辿り着いた。