制限
私が手を振ると、お兄様が馬上から降りて、そのまましゃがみ込んでしまった。
まるで頭痛を堪えるようにこめかみを押さえている。
え?どうしたの?大丈夫かな?
それにしても、今私は右手をアクセルから離して手を振ったのに、速度が落ちずにそのまま進み続けたような気がした。
どうなってるの?
え?スキルちゃんが自動運転しただけ?
ならいっか……。
どうやら私の召喚する農業機械はスキルが直接操作出来るらしい。
ドローンも私の意思に関係無く、勝手に操縦してたもんね。
いわばAI搭載型農業機械だ。
ひょっとしたら農業スキルのレベルが上がれば、マルチタスクも出来るんじゃないだろうか?
そうこうしているうちに、お兄様達侯爵家騎士団がいる場所に辿り着いた。
速度が出すぎていて突っ込みそうだったので、車体を倒して後輪を滑らせ、ドリフトするように停車した。
砂埃が舞い上がり、なんかちょっと格好良く止まれたかも?なんて思ってたら、砂埃が晴れた向こうから青筋を浮かべたお兄様が顔を覗かせた。
あら?何か怒ってらっしゃる?
砂埃は被ってないはずだけど……。
「アグリ……だよね?」
「ええ、もちろんですわ」
あ、ゴーグルしてるから顔が分からなかったのね。
私はゴーグルを上げて目元を見せた。
お兄様は私の顔を確認すると、何故か大きく溜息をついた。
「アグリ、その鉄の塊は何?」
おっと、お兄様もやはり男の子。
自動二輪車に興味がおありですか。
「これは高速で走れるタイプの搭乗型ゴーレムです。王都から侯爵領まで1日掛からずに走破出来るのですよ」
私がドヤ顔で説明すると、お兄様の目が鋭くなる。
「なるほどね。それで護衛に付けた筈のヴァンを振り切ってここまで来たんだね」
「はい。馬の倍ぐらいの速度で走れますから」
後方を見ると、ヴァンの姿は全くと言っていい程見えなかった。
遙か遠方に胡麻粒みたいなのが見えるけど、きっとあれがヴァンだろう。
どうやら勝負は私の勝ちのようね。
異世界では制限速度なんて無いからスピード出し放題だし、どんなに速い馬でも自動二輪車に勝つなんて不可能なのだよ。
「アグリ、そのゴーレムで馬以上の速度を出す事を禁じます」
異世界なのに制限速度設けられたっ!?
「ええ〜!?」
「ええ〜!?じゃないよ。そんな速度で走ったら危ないだろ。それに護衛を振り切っちゃったら、何の為の護衛か分からないし。絶対ダメだからね」
くっ……お兄様の耳に入りそうな所ではヒャッハー出来なくなってしまった。
無念……。
「それで、アグリは何をしにここまで来たの?僕達はこれから魔物討伐に向かわなきゃ行けないんだよ」
「もちろん存じてます。お兄様の手を煩わせるような真似は致しません」
「今正に煩わされてるんだけど、どの口が言ってるの?」
私は北の方にあるという農地を耕しに行くだけなので、方角は一緒でも最終的な目的地が違う。
逆に同じ場所に行ったら私のスキルが露見してしまうかも知れないから、ちょっと困るし。
「じゃあ僕達は急がないとダメだからもう行くけど、危ない事はしちゃダメだよ」
「はい。もちろんです」
あれれ〜?お兄様、そのジト目は何ですか?
美男子がやると可愛いだけですよ。
その後、お兄様達は行軍を再開して北へ向かって行ってしまった。
暫く待っていると、漸くヴァンが追いついてくる。
ヴァンも馬も満身創痍で疲れ切っていた。
「はぁ、はぁ……」
「ヴァン、私の勝ちでいいわよね?」
「……不本意ですが、仕方ありません」
だから『不本意』は声に出しちゃダメでしょって!
でもヴァンが負けを認めたという事は、憂い無く北の農地へ行く事が出来る……と思ったが、ヴァンがそれに待ったを掛けた。
「ちょ、ちょっと待ってください。少しだけ休憩を……」
「早く行かないと日が沈んじゃうよ?」
「どうせどこかで一泊する事になります。この先の街なら宿が取れるので、今日のところはそこを目指しましょう」
ヴァンを置いて一人で自動二輪車を走らせれば日帰りでも行けるのに。
いや、お兄様に速度制限されちゃったから、それも無理か……。
「しょうがない、じゃあその街で宿を取りましょう」
ヴァンと馬の回復を待って、私達は街道の先にある街へと向かった。