護衛
食堂で遅い朝食——というか、もはや昼食——を取った。
お兄様は出掛けたらしく、領主邸にはもういないようだった。
領主邸で働く人も心なしか少ないように感じられる。
特に兵士の数が減っているような気がした。
食事を終えて部屋に戻ると、何故かヴァンが私の部屋の前に立っていた。
「あれ?どうしたの?」
「不本意ながら、貴方様の警護をライス様より仰せつかったので、今日から付き従わせていただきます」
『不本意』は声に出しちゃダメな部分でしょ!
まだ私を疑ってるのかな?
王都の侯爵邸と連絡を取って疑いは晴れた筈なのに……。
まぁ護衛を付けないと、この館の執事であるシルヴァから色々言われそうだし。
とりあえずヴァンに挨拶しておきますか。
「そうですか。よろしくお願いします」
「はぁ……」
露骨に溜息つきおった……。
よぉし、そっちがそういう態度なら容赦せんぞ。
「ではヴァン、簡易的なものでいいので、この侯爵領の地図を持って来てください」
「地図ですか……?」
訝しげな顔をしたまま、ヴァンは渋々ながらも地図を取りに行った。
程なくして地図を持って来たヴァンと共に、寝室と併設されている居室へ入る。
私がソファーに座ると、ヴァンがテーブルに地図を広げた。
「侯爵領で、耕作放棄地になってるような広い場所はあるかしら?」
「耕作放棄地というか、魔物が出やすい為に荒野になっている場所はあります。この辺の、北へ馬車で1日程度行った場所に見渡す限り草原が広がっています」
見渡す限り草原っ!?
侯爵領にそんな素晴らしい場所があったなんて知らなかった。
魔物が出やすいから、お父様達は幼い私を近づけないようにしていたのかも知れないわね。
最悪どこかの農地を間借りしようと思ってたけど、誰も手を付けていない農地があるんなら、そこで存分にスキルを使えるじゃない。
見渡す限り草原だなんて……今すぐ耕したいっ!
半分は放牧用の草地として残しておいて、牛や羊を飼うのもいいわね。
水が引けるようなら水田も作りたいわ。
ああ妄想するだけで、農業衝動が溢れて体が疼く!
くっ、静まれ我が右腕よ……!
「何してるんですか?」
右手首を掴んでプルプルしてたら、ヴァンが冷ややかな眼でこちらを見つめてきた。
ノリが悪いね、ヴァンは。
そこは「我が魔眼で封印する!」でしょうが。
まぁ魔眼なんて持ってるのはグレイン殿下ぐらいだろうけどね。
さて、目的地も決まった事だし、
「では今日はそこへ行きます」
「はぁっ!?」
素っ頓狂な声を上げるヴァンの横をすり抜けて、私は部屋を出ようとした。
しかしヴァンに回り込まれてしまった。
ヴァンからは逃げられない。
「お待ちください。今日はライス様が兵士を連れて魔物討伐で北へ向かったので、護衛に付けれる者が殆どいません。外出はお控えください」
へぇ、お兄様は魔物討伐に行ったのか。
それで兵士が少ないのね。
でも北なら方角は一緒じゃん。
「私も北へ向かうのだから、丁度いいじゃないの。そもそも護衛にはヴァンが付くのでしょう?誰もいない荒野に行くのなんて、護衛は一人いれば十分じゃない?」
「魔物が出るって言いましたよね?私一人では、お嬢様をお守りし切れるか分かりません」
「王都ではセヴァス一人で私を護衛してたわよ?」
「お爺様のような一騎当千の化物と一緒にしないでください」
え?お爺様って言った?
ヴァンってセヴァスの孫なの?
つまりシルヴァの息子……あ、やっぱり幼い頃に遊んで貰ったヴァンなのね。
でも昔のヴァンはもっと気さくで、細かい事に拘らない性格だったと思うんだけどなぁ。
なんかセヴァスやシルヴァに似て来ちゃってない?
ヴァンは入口の扉の前で仁王立ちして私を通さないつもりのようだ。
でも私には時間が無い。
お母様が来るまでにある程度スキルを鍛えておかないとだし。
それに広大な農地が私を待ってるわ。
行かないなどという選択肢は無いのよ!
「ではヴァン、私と勝負しましょう」
「……勝負?」
私の提案にヴァンが眉根を寄せる。
「私のスキルがいかに優れているかを証明出来ればいいでしょ?何かあっても私が自己防衛出来れば、護衛はヴァン一人でも十分よね」
「本気で言ってますか?」
「もちろん」
ヴァンは私を子供扱いしているのか、妙に侮っているように感じられる。
この世界ではスキルを得ただけで年功の序列など簡単にひっくり返るのだ。
私のスキルが何であるかを知ってるならともかく、年下だからと舐めてると痛い目見るって事を教えてあげないとね。
「では外へ行きましょう」
「都合良く外に出たいだけでは?」
うむ、その通りだ。