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執事見習い

「たのも〜」


 早朝にも拘わらず、カルティア侯爵領の領主邸入口付近から、なんとも間の抜けた少女の声が響き渡った。

 まだ門番も起きていない、漸く日が顔を出し始めた時間である。

 たまたま朝から外で鍛錬に励んでいた執事見習いのヴァンは、何事かと急ぎ門へと向かった。

 そこに居たのは明らかに貴族と思われる容姿の少女であった。

 しかし綺麗なドレスは突風にでも吹かれたかのようにヨレヨレになっており、髪も固めの帽子を被ったような潰れ方をしている。

 顔立ちだけは絶世の美少女であり、先程の間の抜けた声を出した本人とはとても思えない程だが、それ以外がダメダメだった。

 そもそも貴族の令嬢であれば、一人で外を出歩く筈が無い。

 護衛も連れず、しかもこんな朝早くという非常識な時間帯に訪れるとは一体何者であろうか?

 ヴァンは警戒の色を強めつつも、何らかの事情があった場合を考慮して、鉄柵の門扉もんぴ越しに丁寧に話しかけた。


「お嬢さん、どうされましたか?」


 ヴァンが問いかけると、少女は僅かに眼を見開いてキョトンとした顔で首を傾げた。


「あら、見た事無い顔ね。新しく領主邸に入った方かしら?ん?でも、何となく見覚えがあるような……」


 少女は領主邸に出入りした事があるような口ぶりで語った。

 近隣の貴族の子女であろうか?

 領主邸に出入り出来るとしたら侯爵派閥の娘かも知れない。

 ヴァンはまだ領主邸に来て1年足らずである為、各貴族当主以外の娘達の顔までは把握し切れていなかった。

 しかし一時の恥や失礼であっても、キチンと名前を確認した方が良かろうと頭を下げる。


「申し訳ございません。存じ上げません事をお詫び致します。お名前をお教えくださいますでしょうか?」


 ヴァンは頭の中に周囲の貴族の名前を羅列し、少女の名に該当するだろう貴族家を準備する。

 しかし、そんな予想の斜め上を行く答えが帰って来てしまった。


「私はここの侯爵家の娘、アグリ・カルティアです」


 ヴァンはその名に驚き、警戒を強めた。

 数年前、侯爵令嬢アグリ・カルティアとは何度か会って遊んだ事もある。

 確かに面立ちが似ている部分もある気はするが、果たして本物なのだろうか?

 そもそも、たった一人でこの場に現れたというのが解せない。

 どんなに強力なスキルを持つ者であろうと、貴族の令嬢であれば必ず護衛を付けるものなのだから。

 服装も乱れ、しかもこんな早朝である。

 おかしい事は山積みだった。


 それに今日令嬢が到着するなどという報告は受けていない。

 いかに見習いであろうと、執事には情報が共有される筈である。


 果たして事態は悪い方へと進展する。

 どう対処しようかと悩んでいるところに、来てはならない人物が来てしまったのだ。


「ヴァン、どうかしたのかい?」


 そこに現れたのは、父の跡を継ぐため領主見習いをしているこの館の主、侯爵家嫡男ライス・カルティアであった。

 ヴァンとライスは同い年であり、今は主従の関係でありながらも、学生時代からの親友だ。

 仲が良いので、毎日早朝から共に鍛錬に励んでいる。

 今日もそうしていたせいで、ヴァンが中々戻らない事から、ライスが心配して危険な場所へと足を向けてしまったのだ。

 そのライスを見て、侯爵令嬢であると名乗った少女が反応を見せる。


「あっ、お兄様!」

「え?アグリ?どうしてここに……?」


 格子状に鉄で編まれた扉に主であるライスが近づこうとしたので、ヴァンは即座に体を滑り込ませて静止する。


「危険です!近づいてはなりませんっ!」

「何を言ってるんだ、ヴァン?あれは妹のアグリだよ」

「妹君であれば一人でこの領主邸に来るなどあり得ません。そもそも来訪される連絡は受けてないでしょう?」

「あ、ああ。確かにそうだが……」


 そしてヴァンはそのまま不審人物である扉の向こうの少女の正体を探るべく、自身のスキルを展開した。

 ヴァンのスキルは『魔眼』——対象の情報を過去や直近の未来に至るまで看破出来るものである。

 未来視によって敵の動きを読み切り、魔力を込めれば瞬間的に相手の動きを封じる事も出来るので、魔眼は戦闘系スキルに分類されるが、その真骨頂は相手の隠している事すらもつまびらかにしてしまう事だ。

 場合によっては貴族間のパワーバランスをも崩しかねない程の能力の為、普段の使用はなるべく控えている。

 だが、今はその能力を使用する事に躊躇いなど無かった。

 もし相手が暗殺系のスキルを持っていたならば、主を危険に晒してしまうのだから。


 少女についての詳細なデータが魔眼を通じてヴァンの脳内に流れ込む。


——名:アグリ・カルティア

——身分:侯爵家長女

——スキル:農業


「へぁっ!?」


 本物の侯爵家令嬢である事さえ確認出来ればその時点で安全であろうに、警戒する余りそのままスキルまで見てしまった。

 そして、あまりにも予想外のスキルであったため、ヴァンは素っ頓狂な声を出して呆けてしまった。

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