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脱出

 その日は、昼食時も夕食時も、お父様とお母様は顔を見せなかった。

 セヴァスの話ではかなり大変な事になっているらしい。

 お母様の怒りが有頂天——もとい頂点に達してしまい、部屋から出て来なくなったのだとか。

 それをお父様が必死に宥めようと、部屋の扉の前で謝罪し続けているらしい。

 結婚って大変ね。

 私はまだ8歳だからそんな心配しなくていいから楽だわ。


 さて、早々に侯爵領へ行こうと思ってたのだけど、門番に止められて、更には執事のセヴァスの監視までついてしまう事態に発展していた。

 まぁ侯爵家の令嬢が護衛も連れずに郊外に出ようなんて、そりゃ止められるわよね。

 護衛がいなくても、一人で侯爵領までぐらい行けるのに。

 というか、セヴァスはそもそも行かせないように見張ってる感じだし。

 現状身動きが取れないのである。

 やはり決行は深夜だな……。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 草木の眠りを、月が優しく見守る。

 脱出するには少々明るいが、思い立ったが吉日。

 あと1時間足らずで翌日。

 決行するなら今しかない。


 私の部屋は侯爵邸の2階にある。

 セヴァスの命令で、部屋の前の廊下にはずっと侯爵家の私兵が立っていた。

 その為、逃げるとしたら必然的に窓からという事になる。

 音を立てないようにそっと窓を開き、眼下に広がる侯爵邸の庭園を見下ろした。


「お嬢様、どこかへお出かけですか?」


 いると思ってたけど本当にいたわ。

 窓の下方には、執事のセヴァスが立ってこちらを見上げていた。


「あらセヴァス、月が綺麗ね」

「その台詞はグレイン殿下に言って差し上げるのがよろしいかと」


 なんで殿下の名前が出てくるのよ?

 意味が分からないわね。

 それにしても予想通りだけど、窓からロープを垂らして脱出という古典的な策は使えないか。


「窓からロープを垂らして脱出というのは、旦那様で経験済みです」


 お父様、思考パターンが私と同じとは、さすが親子。

 って言うか、お父様も夜中に脱出しようとするような事があったのね。

 お陰でプランAは潰されてしまったわ……。

 ならばプランBに移行する。


 まずは身体強化を使ってみる。

 武闘系スキル持ちは、ほぼ例外無く使えると言われている身体強化。

 自身の魔力を身体に巡らす事で細胞を活性化、あるいは硬化させて身体能力を跳ね上げるというものだ。

 一部の魔導師系スキル持ちでも使用出来る人はいるらしい。

 では生産系スキル持ちの場合はどうかと言うと、意外にも殆どの人が出来てしまうのだ。

 ただし、あくまでも生産に必要な筋力を上げる為にしか使えない。

 それでも鍛冶師なんかはそれなりに腕っぷしが必要な職業なので、かなり肉体を強化でき、そこらの武闘系スキルにも引けを取らないパワーを見せるという。

 まぁ戦闘となると技術が伴わないので、そうそう勝てないらしいのだが。

 それを踏まえて、私の『農業』スキルではどうかと言うと——農業は当たり前の如くとても腕力が要るし、くわを振り下ろす、俵を運ぶ等々、力の要る仕事は多岐に渡るのだから身体強化出来ない筈が無い。


 私は魔力を両腕に巡らせて、筋力を強化するようイメージしてみた。

 案の定、あっさりと身体強化には成功した。

 いつものほっそりとした少女の腕だが、内側の筋肉ははち切れんばかりに密度を増している。

 ただし、身体強化は通常よりも遙かに身体を酷使する事になるので反動ももの凄い。

 武闘系スキル持ちであっても、攻撃の一瞬だけ強化するのが普通らしい。

 ところが、私には『湿布しっぷ』があるので、筋肉痛を回復しながら延々と身体強化が使えるのだ!

 両腕に湿布を貼って、身体強化の反動でダメージを受けた肉体を回復しながら、強化し続ける。

 けっこう魔力を食うので、魔力ゴリ押し出来る私にしか出来ない技だと思う。

 そもそも湿布出すとか、生産系スキルでも聞いた事無いから、誰もそんな事が出来るって知らないんだろうなぁ。


 さて、ここまではプランBの前準備でしかない。

 ここからが本番だ。

 ちなみに、セヴァスに殴りかかる為に腕力を強化したのではない。

 そんな事をしても、セヴァスは恐らく戦闘系のスキル持ちだから勝てっこないし。

 私の真の目的は別にある。

 私は窓の外に両腕を伸ばして魔力を宙に注いだ。


「お嬢様、いったい何を……」


 セヴァスが警戒しているが、もう遅い。


「召喚!」


 私の身体から出ていった魔力は、月に照らされた少し明るい闇の中で一つの光の塊を形成する。

 そこから、風を切るようなプロペラ音を発してホバリングするものが顕現した。

 『農薬散布用ドローン』である。

 ふふふ、農業に関係ある機械なら、空を飛ぶ物であろうが召喚出来てしまうのだよ!

 なんてドヤ顔している場合じゃなかった!

 私はドローンの下部にある足部分に、身体強化した両腕でつかまった。


「じゃあねセヴァス。私は今から侯爵領に行くから、あとよろしくね」

「ぬはぁっ!?飛行型ゴーレムですとおおおおぉっ!?」


 私が魔力を流すと、農薬散布用ドローンは月に向かうようにふわりと飛び立った。

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