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帰路にて

 帰路の馬車の中、第一王子グレインは窓から景色を眺めながら溜息をついていた。

 それは落胆からではなく、頬を紅潮させる程の憧憬への想いから出たものであった。


「アグリ嬢……」


 対象の名を呟いたところで、向かいに座る直属の執事から呆れの溜息が漏れる。


「殿下が呆けるのも分かりますが、しっかりなさいませ」

「……むぅ?だがじい、あれ程の凜々しい姿を見て見惚れぬ者などおるまい」

「まぁ、確かに。あの佇まい、心引かれる程のお姿でした。正に国母に相応しいお方でしょう」

「そうであろう?美しく気高い、そして僕を気遣う優しさも持ち合わせている。もはや伴侶は彼女以外には考えられぬ」

「殿下、それは困りますぞ。王族は子を成す義務がございます故、必ず側室も迎えねばなりません。殿下には難しいかも知れませんが、派閥のバランスを取るためにも、それは必須なのです」

「それも分かってはいるのだがな……」


 じいの言い分も、若輩ながら理解は示すグレイン王子。

 しかしいかに優秀であっても、まだ幼い故に恋心の方が先に立ってしまうのであった。

 そして、その恋を成就させる為に今日婚約を申し込みに行ったのが、失敗に終わった事を漸く思い出す。


「アグリ嬢の麗しい姿を拝見出来たのは良かったが、当初の目的は果たせなかった……」

「左様ですな」

「たった一言を口にする事も出来なかった……」

「まったくヘタレですな」

「じい、不敬罪にするぞ?」

「如何様にでもなさいませ。ヘタレにヘタレと言って何が悪いのですか?もはや老い先短い命、殿下に諌言する為に使えるのならば本望です」

「……すまん、今のは無かった事にしてくれ。確かに僕はヘタレだった。未熟な僕にはまだまだじいが必要だ。」

「分かっていただければ結構です」

「アグリ嬢にも気を遣わせてしまうとは、なんて情けないんだ僕は。日々婚約者候補として努力している彼女は、一日でも早く正式に婚約したかった筈なのに。よりによってアグリ嬢に『また次の機会に』と言わせてしまうなんて」

「次回はしっかり睡眠を取り、万全の体調にて向かいましょうぞ」

「じい、それは多分無理だ。アグリ嬢に会えると思うと夜眠れる気がしない……」


 ひんやりと額に張り付く妙に心地良い布に手をあてる。

 アグリのスキルによって出したものと思われるが、これのお陰で寝不足が少し楽になり、頭もスッキリしてきた。

 この布があれば夜もぐっすり眠れそうだが、スキルで出したものであれば一両日中に消えてしまうだろう。

 名残惜しさから、そっと布を撫でた。


 暫く馬車が進み、少し景色が変わると、またじいが王子に話しかける。


「それにしてもアグリ様の傑物ぶりには、このじいも感服致しました。殿下直属の者を叱り飛ばすとは、あの歳で出来る者などおりますまい」

「ふふ。じいは私がアグリ嬢の外見だけを見て惚れたと思っていたようだが、アグリ嬢は聡明でもあるのだぞ。同い年で私と意見交換出来るのは婚約者候補の中でもアグリ嬢だけだ」

「なるほど。逃がした魚は大きいですな」

「まだ逃がしてない!!」

「冗談ですよ。しかしアグリ様の魔力にも驚かされました。噂には聞いておりましたが、護衛騎士の動きを魔力当てだけで止めるとは……。殿下とご結婚された暁には、女王として君臨するのではないですかな?」

「けけけ、結婚っ!?」


 『婚約』という台詞すら吐けなかった純情ヘタレ王子には『結婚』という言葉もまだまだ早かったようだ。

 そしてじいは自身の発した「女王として君臨する」というのが、意外と冗談では済まされない事かも知れないと思ってしまった。

 容姿、精神性、胆力——あらゆるカリスマ性が現国王をも凌ぎかねない片鱗を見せられては、否定する材料の方が少ないだろう。

 王子との婚約をこのまま進めて王家乗っ取りとかされないかと、余計な心配がじいの頭を過ぎった。


 結婚という言葉でまた熱が上がった王子が落ち着いて来たところで、じいはもう一つ付け加える。


「しかし妙ですな……」

「何がだ、じい?」

「アグリ様が魔力を放った時の精度は凄まじいものでした。私と殿下を避けて、確実に護衛の動きだけを止めたのですから」

「そういえばそうだな。さすがアグリ嬢だ。だが、それがどうかしたのか?」

「実は侯爵邸に入る前に密偵より報告を受けまして」

「それで?」

「アグリ様はまだスキルを上手く制御出来ていないらしいのです」

「まだスキルを得たばかりなのだから、慣れていないだけではないのか?」

「報告では、スキルに振り回されているのではないかとのこと。丘を跡形も無く破壊してしまったとか、奇声を上げてゴーレムに搭乗したとか。あれ程上手く魔力を操作できる方がその様な事態になるとは思えません。何かアグリ様に異常な事態が起こっているのではないでしょうか?」

「スキルの暴走か……。たまにあるらしいが、成人する頃には殆どが収まると聞いてるぞ」

「確かにそうなのですが、それは魔力が安定してくるから収まるのです。アグリ様は既にあれだけ魔力操作の練度が高いのですから、そもそも暴走するのがおかしいのです」

「じい、もったいぶるな。何が言いたい?」


 一拍置いて、じいは告げる。


「考えたくは無いですが……『呪術』ではないかと」

「ありえん!呪術集団はカルティア侯爵を含めた騎士団で制圧したはずではないか!」

「はい。よもや討ち漏らしもないでしょう。ですが貴族の中には特殊なスキル持ちを奴隷として抱え込む者もいます。その中に似たようなスキルを持つ者がいても不思議ではありません」

「仮にいたとして、誰が何の目的でアグリ嬢に呪術を掛けるというのだ?」

「申し上げにくい事ですが、婚約者候補の中では明確にアグリ様が筆頭候補です。つまり……」

「他の婚約者候補か……」

「はい」


 馬車内は防音の魔導具が使われているため外には声は漏れないが、2人は声を潜めて話す。


「じい、気取られないように調査しろ」

「承知しました」


 一転婚約の申し込みどころでは無くなった事態に、王子は心の中で溜息をついた。

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