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体調不良

 さすがに攻撃は無いと思いたいけど、殿下の覚悟を決めたような表情を見ると、ただ事じゃない気配を感じる。

 相変わらず魔力の流れは無いのだが、場の空気は重くのしかかってきた。

 何故か、殿下の頬が少し紅潮してきているようにも見える。

 と、私が戦々恐々としている中、突然殿下は思い立ったように背筋を伸ばして口を開いた。


「アグリ嬢!どうか僕とこ……こ……こ、ここ……」


 殿下が言葉を詰まらせて、次に発するであろう単語が一向に出て来ない。

 いったい何を言おうというの?

 それにしても、ずっと「こ」を連呼していると鶏みたいだ。

 あ、養鶏してみたいかも。

 王都じゃ卵は高くて中々手に入らないのよね。

 でも侯爵家の庭に鶏小屋を作ったら、糞の臭いや鳴き声でかなり近所迷惑になってしまう。

 そもそも私の農業スキルって、酪農は出来るのかな?

 ん、なんかスキルが出来るって言ってる気がする!

 酪農が出来たら欲しいものいっぱいあるわ。

 牛乳、牛肉、豚肉、鶏肉、鶏卵……じゅるり。

 おっと、涎はあかん。

 またお母様に『淑女にあるまじき!』って怒られちゃうわ。


「こ……ここ……こ、こ、こ……」


 私が酪農に思いを馳せている間も、殿下はずっと「こ」を連呼していた。

 昔のレコードなるものは、針が飛ぶと同じ部分を再生し続けたと言うけど、こんな感じだったのかな?

 それにしても殿下の様子がおかしい。

 眼が血走っているだけでなく、紅潮していた頬が更に赤く……いや、顔全体が赤くなって熱でもあるかのようだ。

 体調が悪いのだろうか……?

 ——はっ!そうか、そういう事だったのねっ!!

 殿下の魔力量は私の魔力量に及ばない。

 故に殿下は魔眼で私のスキルを看破出来なかったのだ。

 しかし責任感の強い殿下は無理をして魔眼を使い続けた——いや、使い続けてしまった。

 その無理が体に変調をきたしてしまっているのでは!?

 これは拙いわっ!!


「殿下、失礼します!」


 私は即座に立ち上がり、殿下に向けて右手を掲げた。

 それを見た殿下の後ろに控えていた護衛達が、私を警戒して動く。


「何をなさるつもりかっ!?」


 剣に手を掛けるも、さすがに子供相手に躊躇しているようだ。

 ぬるい。

 そんな事で殿下の護衛が務まるの?

 それ以前に殿下の不調も見抜けないなど、配下としてあるまじき。


「黙りなさいっ!」


 一喝して、魔力を飛ばして威圧した。

 私の魔力量は王族にも匹敵する程膨大であり、目の前のグレイン殿下よりも多い程だ。

 子供であろうと魔力の総量が多ければ、それだけで油断できるものではない。

 私の魔力を浴びた護衛達は、金縛りに合ったように動けなくなった。

 私の攻撃的な態度に、護衛の側で控えていた殿下直属の執事——殿下は「じい」と呼んでいた——が、おずおずと私へ問いかけてきた。


「アグリ様、いったいどうされたのですか?」

「貴方達はそれでも殿下の直属ですか?殿下の不調に気付いていないとは嘆かわしい」


 私は湿布を召喚して、殿下の額に張り付くように飛ばした。


「ひゃっ!?」


 ひんやりした湿布が急に額に張り付いた事で、殿下が小さく悲鳴をあげる。

 イメージは熱を冷ますタイプの湿布だ。

 足の疲れを取るタイプのものより薬効を抑えめにして、冷やす効果を付与してみた。

 殿下の顔の紅潮は直ぐに引いていったが、眼は血走ったままで回復の兆しはあまり見られなかった。

 魔眼の影響まではいくらイメージしても農業用湿布では回復しきれないか……。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で呆けている殿下に、私は頭を下げる。


「殿下、無理をさせてしまって申し訳ございません」


 私がスキルを開示すればそれで済む事だが、それでは私が追放されてしまう。

 そこは申し訳ないが譲れない。

 しかし、殿下のスキルに対してあらがってしまい、結果殿下を体調不良にまで追い込んでしまった事については謝罪しておかねばなるまい。


「え?え?」


 何が起こったのか分からない様子の殿下。

 ずっと「こ」を連呼してしまうほどだったし、きっと意識まで混濁していたのだろう。


「今日の所は城へ戻られてお休みください。お話はまた次の機会に致しましょう」

「あ、ああ……」


 まだ少し呆然としている。

 さすがに王子殿下が侯爵家で倒れたとあっては、臣下として面目が立たない。

 多少無礼であってもお帰り願った方がいいだろう。


「貴方達、早く殿下をお連れして!」

「は、はあ……」


 後ろでぼーっとしている執事と護衛達に声を掛けると、依然として視点が定まっていないような状態の殿下を連れて応接室を出ていった。

 お父様を呼ぼうと思ったが、それよりも殿下を一刻も早く休ませた方がいいと判断し、私だけで馬車に乗り込む殿下を見送った。


「これで一安心ね」


 前世の記憶が戻っても、貴族としての矜持を忘れた訳ではない。

 スキルのせいで追放されそうな現状だが、それとこれとは話が別だ。

 国と国民を守る為には要となる王族に何かあってはならないのだから、最悪私のスキルが露見しようとも、それを曲げるつもりは無いのだ。


 殿下を見送って屋敷に戻ろうとしたところで、メイドのミーネが私を残念なものでも見るかのようにジト眼で睨んできた。


「お嬢様ェ……」


 ん?私、何か間違った?

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