第一のアトラクション 城15
急いで居間から出て、食器を台所の流しに置いて、そのまま急ぎ足で洗面室に向かった。
「そんなに急いでどうしたの?」と母親がなつみに問い掛ける声が洗面室まで届いた。
それに「何でも無い」と答えるなつみの目には涙が浮かんでいた。
自分がお風呂に入っている間になつみの母親は夜の仕事に出掛けてしまう。
帰って来るのは深夜だ。
本当はお風呂なんかに入らずにもっと母親の側にいたかった。
でも、そうはいかない。
流れる涙を隠さなくてはいけないから。
服を素早く脱ぐと、浴室の扉を勢い良く開けて、なつみは浴槽に身を沈めた。
たっぷりと張られた浴槽の湯舟で顔を拭うと、なつみの涙はお湯と混じってもう分からなくなった。
「それじゃあ、仕事行って来るから」
浴室の外からなつみの母親の声がした。
「うん、行ってらっしゃい」と返事をするなつみ。
最後に母親の顔を見ておこうか、と考えたがそれは止めた。
玄関扉の閉まる音を聞いた後、なつみは浴室から出た。
バスタオルで簡単に体の水気を拭きとると、バスタオルを巻いて自室に向かう。
自室で着替えを済ませるとなつみはベッドに洋服ダンスから出したありったけの服を布団の中に詰め込んだ。
そして布団を人型の形に整える。
母親が帰って来てなつみの部屋を覗いても、これで何とか誤魔化そう、という魂胆だった。
ちょっとした時間稼ぎだ。
布団の形に満足したのか、なつみは「良し!」と声を上げる。
なつみは、今度は用意していた鞄を手にして肩にかける。
そうして辺りを見回した。
この部屋とも今日でお別れか。
子供の頃から過ごした部屋。
狭くて嫌だったけど、中々の居心地だったな。
なつみは机に目をやる。
それこそ小学校入学以来の付き合いである机。
小学生の時に貼った猫のキャラクターのシール。
中学に上がってから剥がそうとしたが無理だった。
「ふっ」となつみは笑う。
しみじみと眺めていた机の上に置かれた白い封筒になつみは視線を向ける。
夜の遊園地のチケットが入った封筒だ。
なつみは封筒を手に取った。
誰のいたずらか知らないけど、一応、持って行くか。
なつみは鞄の隙間に封筒をねじ込んで家を出た。
アパートの裏には自転車置き場があった。
なつみはそこで自分の自転車の鍵を開けた。
荷物は自転車のカゴの中へ。
自転車を押して表の道へ出る。
アパートの門の前で立ち止まり、自分の家のある方を見上げる。
「バイバイ」
そう呟いてなつみは自転車をこぎ出した。
コインランドリーに預けた自分の制服の事が、ふとなつみの脳裏を過る。




