「山姥切国広を避けちゃってた堀川国広」と「堀川国広に嫌われてるんだろうなと思ってた山姥切国広」が兄弟になる小話
「厨当番でーす! トマト取りに来ましたー!」
畑にぼんやりと浮かぶ麦わら帽子に向かって、空の籠を背負った堀川国広の元気な声が響き渡る。
まだ日は昇ったばかりで、空は青白く、トマトがたわわに実る畑の輪郭もどこかぼんやりとしている。
堀川の声に反応し、麦わら帽子の主が立ち上がった。
後ろ姿で顔は見えなかったが、帽子の下に頭まで覆う薄汚れたボロ布で誰かは分かる。
少し遠くで作業をしていた山姥切国広は、「籠を置いておいてくれ! 厨に持っていく!」と叫んで近づいてくる。
山姥切が近づいてくる中、堀川はどうするべきか逡巡した。
他の刀だったら手伝いを申し出るところではあるのだが、相手が山姥切となれば素直に厨に戻る方がいいのかもしれないと思ったのだ。
別に喧嘩したというわけではないのだが、少しばかり彼と一緒に居るのは気まずかった。
山姥切が顕現して間もない頃、声をかけてくれた彼を堀川は忙しいからとあしらってしまったのだ。
実際は、別にそこまで忙しくはなかった。
やることが全くなかったわけではないが、急ぐようなものではなく、会話を楽しむ程度の余裕はあったのだ。
ただ、堀川が山姥切に対して気まずく思っているだけ。
山姥切もそれを悟ったのか、それ以来声をかけてきたことはない。
幸か不幸か本丸は三十口もの刀剣がある上、顕現時期が離れているため内番や部隊が一緒になることもなく、会話がなくても不自然には思われることはなかった。
「あ、あの、手伝うよ!」
やはりここで厨に戻るのは露骨すぎるなと思い、堀川は結局手伝うことにした。
籠を背負ったまま山姥切の近くまで行くと、少しばかり動揺した雰囲気が伝わってきた。
やはり戻るべきだっただろうかと堀川が考えていると、「無理しなくていい」と辛そうな声が耳に届く。
「……分かっている。写しなんかが兄弟で、ガッカリしているんだろう」
兄弟という言葉に堀川は、少し驚いてその大きな目をさらに大きくした。
しかし山姥切の視線は既に地面に向いていて、そんな堀川の様子に気づくことはできない。
「国広第一の傑作だと言っても、写しであることに変わりはないからな。
それにあんたの前の主と比べれば、俺の前の主は知名度が低い。
燭台を切っただの、霊を切っただのという逸話もない。霊剣を写してるとはいえ霊力も期待出来ない。
切れ味には自信があるが……どの刀もそうだと言われてしまえば、返す言葉もない」
自身を卑下する言葉が止めどなく溢れ、陰鬱な声はどんどん小さくなっていく。
俯いたことで麦わら帽子が落ちてしまっていたが、それに気づく様子はない。
「そんな風に思ってないよ!」
堀川は慌てて叫び、山姥切の頬を掴んで無理矢理自分の方を向かせる。
自分の世界から戻ってきた山姥切は、布で顔こそ見えなかったが、どことなく戸惑った様子を見せた。
「そ、その、確かに山姥切の事避けちゃってたけど、それは別に君が嫌いとか、兄弟なのが嫌とかじゃないんだ。
ただその……僕って贋作かもしれないでしょ。
僕個人としてはそこは重要視してないけど、堀川派の前だとやっぱり意識しちゃうっていうか。
やっぱり贋作ってあまり気持ちのいい物じゃないだろうし。
どう接したらいいか分からなくて――」
一気にまくしたてる様にそこまで言って、堀川は深々と頭を下げた。
「だからその、今まで避けてて本当にごめんなさい!」
かなり間を開けて、堀川の頭上に「顔をあげてくれ」と山姥切の声が降ってきた。
先程と違ってそこに暗い影はなく、どことなく嬉しさと優しさがある声音だった。
堀川は言われるがまま山姥切の顔を見上げるが、布で表情は見えない。
「俺には、あんたが真作かどうかは分からない」
慎重に、ゆっくりと、一言一言確かめる様に山姥切は言葉を紡いでいく。
「ただ、あんたが俺の兄弟だったらいいなとは思う。
あの土方歳三の刀で、真面目で、働き者で、気配りもできて、そんな刀が兄弟だったら――俺は誇らしい。
だから……あんたさえよければ、兄弟と呼ばせてもらえないだろうか」
「もちろん!」
思わず間髪入れずに返事をすると、山姥切はそれに気おされる形で一歩後ずさった。
しかしすぐに体制を立て直して、右腕を堀川の方へと伸ばす。
「よろしく頼む、兄弟」
「よろしく、兄弟!」
二人が力強く握手を交わした瞬間、強い風が吹いて山姥切の布が少しだけめくれ上がる。
そのわずかな一瞬、堀川は自分にほほ笑む山姥切の顔を見た。
それが堀川が初めて見る、山姥切の顔だった。