ミサキちゃん、見つけた!
※本作品にはいじめの描写が含まれます。苦手な方はご遠慮ください。
「ママ、今日ね、またエリナちゃんたちと公園でかくれんぼしたんだよ」
ミサキはレトルトのカレーを食べているママに、ニコニコしながら話しかけます。となりにすわっているママは、やっぱりニコニコしながらその話を聞いています。
「そうなの。今日はみんな見つけられたの?」
「うん! エリナちゃん、いっつも同じところに隠れてるから、すぐ見つけられるんだよ」
えへへと笑うミサキの顔が引きつっているのに、ママは気がつきませんでした。
「あんた、いっつも同じとこに隠れるけど、いい加減無駄だってわかんないの?」
学校の四階、理科室のとなりのトイレで、ミサキは縮こまっていました。エリナと取り巻きの女の子たちが、えものをいたぶるハイエナのような、邪悪なほほえみを浮かべています。
「ま、あたしたちは手間が省けていいけどさ」
「だ、だって、エリナちゃん、ここに隠れないと、写真を……」
「なに? 文句あんの?」
ミサキはブンブンッと首をふりました。エリナはふんっと鼻を鳴らして、それから手をつきだしました。
「それより、ほら、今日も出しなさいよ!」
「でも、これは、その、晩ごはんのお金で……」
「写真ばらまかれたいの?」
ミサキは押し黙ってしまいます。エリナはミサキの肩をドンッと突き飛ばしました。よろよろとよろめくミサキに、歯をむき出しにして笑いかけます。
「あんたのママ、すっごく悲しむんじゃない? 娘が万引きしてる証拠写真なんてばらまかれたら。たった一人の家族なのにねぇ」
「や……やめて……。ママには、お願い、内緒に」
「じゃあさっさと出しなさいよ!」
エリナにすごまれて、ミサキは顔をくしゃくしゃにして、スカートのポケットに手を突っこみました。ピンクのサイフを奪い取って、エリナは中から1000円札を抜き取ります。
「たったこれっぽっち? ふん、愛娘の晩ごはん代が1000円だなんて、あんたきっと、ママに愛されていないのよね」
「そんな……」
絶句するミサキの反応を楽しむように、エリナはサイフをいじりながら笑いました。
「まぁいいわ。とにかくこれはもらっておくから。良かったわね、明日も『かくれんぼ』して遊んであげるわよ」
「エリナちゃん、もう、もうこんなの……」
すがるようにエリナの足に触れたミサキを、エリナは汚らわしいものでも見るような目で見おろしました。
「なによ? あんた、ずっとひとりぼっちでさびしかったんでしょ? だからあたしたちが遊んであげてんじゃないの。それなのに文句あるの?」
「でも、こんなのかくれんぼじゃないよ……うぐっ!」
思わずミサキがうめきます。エリナに思い切りお腹をけられたのです。「ゲホッゲホッ」とせきこむミサキに、エリナは舌打ちしてから吐き捨てました。
「あんた、あたしが考えてあげた遊びが気に食わないの? 『罰ゲームかくれんぼ』楽しいじゃないの、ねぇ?」
取り巻きの女子たちに話をふると、もちろんみんな大笑いです。笑っていないのはミサキだけでした。
「ほら、みんな楽しいっていってんじゃん。それともなに? あんた、あたしたちの友達止める? 別にいいけど、そうなら写真もばらまかなくっちゃね」
「ダメッ!」
顔をゆがめて懇願するミサキに、エリナはふふんと笑って告げました。
「それじゃあ明日もあさっても、ずっとあたしたちと『罰ゲームかくれんぼ』しなくちゃね。あたしたちも少ないけど、お小遣いもらえてうれしいし、あんたもいっぱい遊んでもらえて、しかも万引き写真まで隠してもらえるんだから、良かったじゃないの」
狭いトイレに、いじめっ子たちの笑い声がひびきわたります。その嵐がようやく収まったところで、エリナはバカにしたように続けました。
「それじゃああたしたちは帰るけど、お腹減ったからって万引きしちゃダメよ。……あ、そうだ」
取り巻きたちに先に帰るようにいってから、エリナはミサキの髪をぐいっとつかんで顔をあげさせました。痛みに顔をしかめるミサキに、エリナは小声で耳打ちしました。
「あんたが万引きしたあの日、サイフがなくなってたでしょ? ほら、そんときのサイフ、返してあげるわ」
エリナは押し付けるように、ミサキにサイフを渡しました。これでもかとばかりに目を見開くミサキに、エリナはにたっと意地の悪い笑顔を振りまきます。
「でも、まさかお金がないからって万引きするとは思ってなかったわ。でもおかげで、あたしたちもいい金づるが手に入ったし、あんたとはもっともっと仲良くしたいから、これからもよろしくね、ミ・サ・キ・ちゃん」
アハハハハと高笑いしながら出ていくエリナを、ミサキはぼうぜんと見送ることしかできませんでした。
「いつもレトルトばかりだし、ミサキもスーパーの惣菜ばかりだから、たまにはカレー作ってあげないとね」
エコバッグにカレーの具材をたくさんいれて、ママはふふっと笑いました。ミサキにレトルトじゃないカレーを食べさせるなんて、何年ぶりでしょうか。
「作りかた教えてあげようかしら。ミサキもレトルトばかりだといやだろうし」
ミサキといっしょに料理するのを想像して、ママは顔をほころばせます。夜に入っていた仕事が急遽お休みになったので、今日は久しぶりにミサキといっしょにご飯を食べることができそうです。と、ママはミサキとの会話を思い出しました。
「そういえば、ミサキがよく話してる公園ってあそこだったわね。もしかしたらまだかくれんぼしてるかもだし、いっしょに帰ろうかしら」
エコバッグを持ち直して、ママは早足で公園へ向かいます。そこはすべり台とブランコ、それに砂場だけのさびしい公園でした。ママはわずかにまゆをひそめます。
「……誰もいないわ。もしかしたらもう帰っちゃったのかしら?」
そう思って、公園に背を向けようとしたそのときでした。
「……エリカちゃん、見つけた!」
ミサキの声がしたので、ママはホッとして公園のほうを振り向きました。ミサキが木のうしろを指さし笑っています。ママが声をかけようとしますが、なんだか様子がおかしいです。
「……あら?」
「エリカちゃん、見つけた!」といったのに、誰も木の影から出てきません。しかし、ミサキは気にした様子もなく、今度はすべり台の上を指さしました。
「マキちゃん、見つけた!」
もちろんすべり台の上には、誰もいません。急に背筋が寒くなるママでしたが、ミサキはそのあとも砂場やブランコ、草むらなどに行っては、「○○ちゃん、見つけた!」といって、誰もいない虚空を指さすのです。エコバッグをぼとっと落として、気づけばママはミサキにかけよっていました。
「ミサキ!」
ママはぐるぐるうずまく目で、抱き寄せたミサキを揺さぶりました。ミサキはぽかんとしていましたが、ようやくママのすがたを見すえると、とびっきりの笑顔でママを指さしたのです。
「ママ、見つけた! ……今度は、ママが鬼だよ」
それだけいうと、ミサキのすがたはけむりのようにとけて消えてしまいました。ママの絶叫が、誰もいない公園に嵐のように響き渡ったのです。
「……ん……」
長い夢から覚めて、ミサキは目を開けました。……というよりも、開けたつもりが片目しか見えません。いったいなにがあったのかと、からだを動かそうとして、ミサキの全身にすさまじい痛みが走ります。見たこともない天井に、真っ白なベッド、そして白い掛け布団のわきからは、たくさんの管が大きな機械につながれています。声を出そうとしますが、のどが痛んでしゃべれません。断片的な記憶がよみがえり、ミサキの右目からぽろっと涙がこぼれました。
――そうだ、わたし、死ねなかったんだ――
四階のトイレから飛び降りたのを思い出して、ミサキは身をふるわせました。ですが、その右目は自然とママを探します。いくらお仕事が忙しくても、ママはきっとそばにいるでしょう。と、となりのカーテンが開かれて、そこからミサキが探していた顔が見えました。ママです。……しかし、様子がおかしい気がします。いつものおっとりしたママの顔ではなく、不気味にへらへら笑っているようで――
「……ミサキちゃん、見つけた! ミサキちゃん、見つけた! ミサキちゃん、見つけた! ミサキちゃん、見つけた! ミサキちゃん、見つけた! ミサキちゃん、見つけた! ミサキちゃん、見つけた! ミサキちゃん、見つけた! ミサキちゃん、見つけた! ミサキちゃん、見つけた! ミサキちゃん、見つけた! ミサキちゃん、見つけた! ミサキちゃん、見つけた! ミサキちゃん、見つけた! ミサキちゃん、見つけた! ミサキちゃん、見つけた! ミサキちゃん、見つけた!」
ミサキは声なき悲鳴をあげました。
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