第一王子の甘い世界は一人だけ。
本作は短編『公爵令嬢は甘い世界など好まない。』のヒーロー目線になります。王子目線をリクエストを頂きましたので、書きました。
二人の出会い編。幼少期、彼の身に何が起きたのか……? 的な話です。
今後とも、よろしくどうぞっ(・∀・)ノ
毒に起因する高熱に魘されながら、ジン・アプル第一王子は考えていた。
〝俺の存在が目障りで消えて欲しいと思うのならば……毒なんて不確かな方法じゃなくて、暗殺とか確実な方法にしろよ〟ーーと。
始まりだけは、いつも通りの夕食だった。しかし、その日の食事には毒が含まれていて。
デザートのアップルパイを食べるや否や、ジンは泡を吐きながら倒れ込んだ。
唯一の救いは、両親である国王夫妻と弟である第二王子が食事に口をつける前に倒れたこと。そして、王族として耐毒性を得るための訓練を受けていたこと。
そのお陰で……毒で倒れたのがジンだけで済んだし、こうして生き残ることが出来た。
まぁ……生き残ったとしても。黒幕は捕まえることは出来ないだろう。
向こうだって、馬鹿ではあるが馬鹿ではない。実行犯はもう切り捨てているだろうし、痕跡も何もかも、既に揉み消し済みだと考えられる。
ジンは大きな溜息を零しながら、今回の事件を起こした相手に恨みを向けずにはいられなかった。
(…………そんなに自分の息子を国王にしたいのか、プラムト公爵夫人は……)
王位継承権第一位はジンで、弟のアプトが第二位だ。二人が王位を継承出来ないような事態にならない限り、この国は揺るがない。
しかし、彼ら兄弟が消えたらーー王位継承権は王妹、現プラムト公爵夫人の息子……ジン達の従兄弟に移る。
女であるがゆえに王位につけなかった公爵夫人が、今だに王位に執着しているのを彼は知っていた。
自分の息子にその妄執を押し付けているのを知っていた。
だから、自分の息子のために……いや、自分のために。プラムト公爵夫人は、邪魔者を消そうとしたのだーー。
しかし、彼は生き残った。両親と弟は、難を逃れた。
一度失敗した以上、暫くは下手なことをしないだろうが……気が抜けない日々が続くことは確かだ。
(…………はぁー……面倒くさいな……)
一番簡単なのは、王位継承権を放棄することだ。だが、そうしたら最後。素直な弟は口八丁で丸め込まれてしまうし、馬鹿な従兄弟は母親の傀儡として、〝スバラシイ王〟となるだろう。
そうなることが分かっていて、易々と放棄出来るほど……彼は愚図な王子ではない。
(いっそ、こっちも同じことをやり返してやるか? …………いや、あのババアと同じ場所まで堕ちる必要はないな。アレと同じになるなんて反吐が出る)
しかし、後の彼はーーこの時の選択を後悔することになる。
ジンは知らなかったのだ。
彼が口にしてしまった毒の、本当の恐ろしさをーー。
*****
「おぇっ……!!」
料理を口に含んだ瞬間ーージンは反射的に嘔吐していた。
食事を運んだ侍女が悲鳴をあげる。普段なら、気を使った言葉の一つや二つをかけていたがそんな余裕がないほどに、ジンの気分は最悪だった。
(一体っ……何がっ!?)
口に残る不快感。どう表現するべきなのかが分からない。
食べたことはないが……腐ったモノを口にしたら、こんな感じなのだろうかと思ってしまう。それほどまでに、気持ちが悪かった。
(っ……!!)
満足に食事を摂れない者がいることを、ジンは知っている。だから、食事を残してしまうなんてことをしたくはなかった。
だが、そんな彼の信念を揺るがすほどに……吐き気が止まらなくて。
直ぐに行われた医師による診断結果はーーーー『味覚障害』。
どうやらジンは、毒の影響で普通の食事が食べれなくなったようだった。
「すま、ない……すまない、ジン……」
なんとか食べようとして。けれど、嘔吐を繰り返してしまい、やつれてしまったジンの手を取りながら……国王が涙を零す。
自分の妹を御しきれず、自身の息子を衰弱させることになったことを後悔しているのだろうか?
けれど、決して父の所為ではないと……ジンは分かっていた。
「お願い、よ……例え、吐いてしまうと分かっていても。食べて頂戴……じゃないと、死んでしまうわ……」
滅多に涙を見せることがない王妃が、泣いていた。
頭では食べなくてはいけないと分かっていた。けれど、身体が受け付けなくて吐いてしまう。
本当に碌でもないことをしてくれたものだと……。いや、凛と美しい母をボロボロになるまで悲しませてしまった自分に、泣きたくなった。
『……兄上に会いたいよぉっ……』
『なりません、アプト王子っ……!』
寝室から主部屋に繋がる扉の向こうで、護衛の騎士に入室を止められる第二王子の声がした。
二つ歳下の弟は、自分を慕ってくれる甘えただ。王子としてはちょっと……かなり心配になるのだが、それでも可愛い弟には変わらなくて。
こんな姿を見せたら、もっと泣かせてしまうなと心が痛んだ。
食事を摂れなくなって、どれほど経っただろうか?
栄養失調で衰弱した身体。頭に糖分が回っていないのか、意識がままならない。
このまま死ぬのだろうかと、不安になる。
親より先に死ぬなんて、なんて親不孝なんだろうかと思ってしまう。
けれど、どうすることもできなくて。
もう……殆ど目覚めることも出来なくなった頃ーー彼は、運命の出会いを果たす。
「…………?」
美味しそうな、匂いがした。肉と、生姜と……よく分からない匂い。でも、美味しそうだと……グゥッとお腹が鳴る。
沈んでいた意識が徐々に浮上した。微かに目を開ければ、ベッドの側に誰かがいて。
ジンは霞んだ視界にいる誰かに、心の中で首を傾げた。
「………?」
「起きられましたか? おはようございます」
「…………」
挨拶を返そうにも口が微かに動くだけで声が出ない。
どことなく膜が張っているような感覚がしていたが、そこにいるのが女性……いや、女の子であることはなんとなく理解出来た。
「失礼しますね」
微かに開いた口に何かが突っ込まれて、口の中に不思議な味が広がる。
「………。………!?」
ジンは動いてはいなかったけれど、確かに驚いていた。
何故なら、不快な味がしなかったのだ。気持ち悪くならなかったのだ。
甘くない、優しい味が口に広がって。ごくりっと喉が嚥下する。
彼女の背後で誰かが喜びの声をあげていた。でも、それすら気にならないくらいに……ジンは口に入れられる味に、涙を零していて。
(…………あぁ……美味しい、な……)
ジンはポロポロと泣きながら、何かを食べ続けた。
*****
息子が衰弱していく中ーー国王はなんとしてでもジンを救おうと奔走していた。
そんな最中、まるで神の采配と言わんばかりのタイミングでその話を耳にした。
〝マレード公爵令嬢が、不思議な味付けの料理を作るらしい〟ーーと。
国王は〝不思議な味付けの料理ならば味覚障害となったジンでも食べれるのではないか?〟と、縋るような気持ちで、マレード公爵に声をかけた。
そうして、エトワール・マレード公爵令嬢に打診してみたところ……彼女は、自分の分の食事も作って良いのならばと、料理を作ることを了承した。
そうして……エトワールはジンに対して〝お粥〟を作って、自分用に〝生姜焼き〟を作った。
そして、ジンの意識が微かに戻った瞬間ーー彼女は、スプーンでブスッとお粥を口に突っ込んだ。
あまりにも容赦ない行動に背後で見守っていた国王と護衛騎士達は悲鳴をあげかけたが……ジンは、その食事を食べてくれて。
エトワールの料理のお陰で、ジンは徐々に体力を回復させ始めたのであった……。
ジンが栄養失調からある程度回復し、喋ることも問題なくなった頃ーー彼は、ずっと自分の食事を作ってくれていた彼女と話をすることにした。
「挨拶が遅れて申し訳なかった。俺はジン・アプル。この度は命を救ってくれて、ありがとう」
今だにベッドに入ったままだったが、上半身を起こした彼は頭を下げる。
トレーをサイドテーブルの上に乗せた彼女は、慣れた様子で椅子に座り……ペコリッと頭を下げた。
「いえいえ、わたくしこそご挨拶が遅れましたわ。マレード公爵家の長女エトワールと申します。以後お見知り置きを」
「…………ちなみに。ずっと気になっていたのだが。俺が食べている食事と君が食べている食事は違う、よな?」
チラリとトレーに視線を移せば、そこにはいつも食べている米を水でふやかしたモノと茶色の魚らしきモノが乗せられた皿があって。
エトワールは「あー……」と納得したように頷いた。
「それはそうですよ。殿下の食事は病人食ですので」
「……成る程。消化しやすいように柔らかくしていたのか」
「はい。〝オカユ〟と言うそうですよ」
エトワールはスプーンでお粥を掬うと、いつものようにブスッと彼の口に突っ込む。
ジンは〝ムグムグ〟と口を動かしながら、それを咀嚼する。けれど、彼の視線は〝ジーッ〟と魚を見つめ続けていて。
彼女は首を傾げて、ジンに語りかけた。
「どうしました?」
「……普通、貴族令嬢は料理しないだろう? なんで君は料理が出来るのかなと思って。それも……普通じゃない味付けで」
「…………」
「………君は一体、何を知ってるんだ?」
万国共通の味付けは、甘い味だ。どんな料理人が作っても甘くなる。
だから、彼女が作る料理が違う味なのが不思議だった。
それも……一種類ではない。何種類も違う味がする。
一体、それをどこで知ったのか? 誰に教わったのか?
ジンは探るような視線でエトワールを見つめる。
その視線に彼女は困ったように笑って……肩を竦めた。
「…………信じられない話ですよ?」
「それを決めるのは俺だ」
「……まぁ、荒唐無稽な話だと理解しておいて下さい」
「…………あぁ。分かった」
そうして語られたーーエトワールの秘密。
高熱で魘され時、不思議な世界の夢を見て……彷徨って。
その世界で一人の女性の生活を見て、様々な料理を学んだのだと、彼女は告げた。
「運が良かったのは、あの夢で見た調味料がこの世界にもあったことでしょうか? あの世界では色んな料理がありました。でも……この世界はどんな料理でも砂糖だけしか使わないでしょう? というか、料理人に違う調味料使ってみてって頼んでも甘くなっちゃったんですよね……。それで、夢を見た影響なのかは分からないんですけど。何故か、わたくしも甘い料理が受け付けなくなっちゃって。だから、自分で作って食べるようにーー」
「成る程な。だから、マレード公爵令嬢は料理が出来るのか」
「………………え?」
ーーピシリッ。
エトワールはぎこちなく動きを止める。そんな彼女に、ジンは怪訝な顔をした。
「…………なんだ、その顔は。まるで信じてもらえるとは思ってなかったような顔じゃないか」
「…………そ、それはっ……当たり前です!! 信じてもらえるとは思ってませんでしたわよ!? だって、変人のようではないですかっ……!! 違う世界の夢なんてっ……!!」
「そうか? 現に君は普通じゃない味で料理を作れるじゃないか。それに……命の恩人を信じないほど、落ちぶれていない」
「…………っ!」
エトワールは目を大きく見開いて、くしゃりと顔を歪める。
「きっと、運命だったんだろうな。俺が味覚障害になったのも。君がその異なる世界の夢の中で彷徨ったのも」
「…………え?」
「だって、そのお陰で俺は君に救われた。ありがとう、マレード公爵令嬢」
にこりと笑うジンに、エトワールは息を呑んだ。
……不思議な夢を彷徨って、何故かこの世界の食事を受け付けなくなってしまって。
おかしくなってしまったんじゃないかと、不安だったのだ。普通から外れることは、怖いことだ。
普通じゃなければ、迫害されることだってあるのだから。
だから、普通じゃなくなったことで救われたとジンに言ってもらえて……嬉しかった。
同じご飯を食べてくれる人がいて、嬉しかった。
「…………殿下」
「なんだ?」
「わたくしのご飯は、美味しいですか?」
「あぁ、美味しいよ。いつか……君が初めて料理を作ってくれた日に嗅いだ肉料理も作って欲しいな」
何気なく言った言葉だった。
けれど、エトワールの心に何かが響いたのかーー彼女は柔らかく笑う。
ーーーー思わず、ジンが言葉を失って見惚れてしまうほどの笑顔で。
ドクッと心臓が鳴ると同時に……ジンの顔が真っ赤になっていた。
「ショウガヤキ、ですね。ふふふっ……任せて下さい。隠し味はケチャップなんです。美味しいの、作りますね」
「…………」
「ジン殿下?」
「………あ、すまん。料理に詳しくないけど、楽しみにしている」
「ふふっ、素直。はい、楽しみにしていて下さいませ」
こうしてーー甘い世界で甘い物を受け付けない王子と令嬢は、甘くない食事を一緒に食べるようになった。
…………ちなみに。
暫くの間、自身の恋心に気づかなかったジンなのだが……弟と仲良くしている姿を見てそれを自覚した彼は、口八丁で彼女を自室に泊まらせ。
婚約者になるしかない状況まで持っていくことになるのだがーーそれはまた別の機会に語るとしよう。
第一王子(にとって)の甘い世界は一人だけ(で充分)。
※初めて生姜焼きを食べた日
「凄く美味い!!これ、今までで一番好きかもしれない!!」
「ありがとうございます、ジン殿下。わたくしもショウガヤキが一番好きな料理ですわ」
いつも冷静なジンが凄く興奮する姿と、嬉しそうに笑うエトワールがいたとかいないとか。
……好きな料理が一緒だとか、幸せだよね!
※本作品で出てくる生姜焼き(多分、ご家庭ごとに違うと思いますが……我が家は砂糖を使いません)
肉を広げ……面倒なので、全部まとめてぶち込んで、フライパンで焼きます。※豚の脂身の量次第で、【少ない】ごま油(少量)or【多い】酒を入れます
↓
切った玉ねぎ入れます。
↓
適当に炒めたら、合わせ調味料(醤油、酒、ごま油、おろし生姜、おろしニンニク、ケチャップ)をぶち込んで、混ぜます。
↓
完成☆
【本作品には関係ない裏設定☆】
⚫︎チェリド・プラムト
(モチーフ・さくらんぼと梅)
ジンとアプトの従兄弟。本作にはお母さんが出てきたけど、乙女ゲームでは攻略対象の一人になる。
ヒロインと手を取り、母親の支配から解き放たれます。
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