間話 A-1 この勇者だけは
勇者の消息が途絶えて一週間。
水都トリレカ。
寒気が肌を刺す中、大理石でできた大通りを歩く。
私はついに、ギルドマスターに呼び出しを食らった。
十中八九勇者のことだろうが、気が進まない。
勇者のことは嫌いじゃない。ただ、昔から苦手だった。
アルドとは幼馴染で、昔からよく知っている。
誰とでも仲良くなれるような性格で、進んで人の助けになろうとする。
だけど、あまり先のことを考えずに行動してしまうような人だった。
そしてアルドは半年前、勇者としての啓示を得た。
その知らせを聞いた時、納得はした。
私が知ってる人物の中で最も勇者にふさわしい。
しかし、躊躇せず先に進みたがる彼に冒険ができるだろうか?
ダンジョンに行って帰ってこないと聞くが、トラップにでも引っかかったのではないだろうか。
しかし万が一にも死んでる事はないだろう、勇者というのは予言の元に選ばれ、強力な運命の加護を得ている。
魔王やドラゴンならまだしも、ダンジョンに出る普通の魔物にやられる事はないだろう。
なんて色々考えてたら、ギルドに着いた。
ようやく寒い外が終わり、あったかいギルドの扉をガチャ、と開く。
入ってすぐ視線が肌を刺す。この感覚がいつも苦手だ。
「おぉアイシャちゃん!うちのパーティに入る話考えてくれた?」
「ごめん今ギルマスに呼ばれてるから」
「アイシャさん、ちょっと依頼のランク整理手伝ってくれませんか!」
「ごめん後でね、いま急いでるから」
「おうアイシャ、今後衛が足りなくてダンジョンに行きあぐねてるんだが着いてこないか?」
「黙ってノーコン弓使い」
「アイシャ!今度闇結晶の迷宮に行こうと思うが着いてこないか?」
「後で日程教えてね」
「ごめんアイシャさん!この前教えてくれた【魔力操作】でルーン作るやつ、また教えてくれない?」
「はいはい今ギルマスに呼ばれてるから今度ね」
「アイシャ!」
「アイシャさん!」
「アイシャちゃん!」
「ああああぁもううるさい!ギルマスに呼ばれてるって言ってるでしょ!?ギルマスに言って欲しい??」
ギルド内がシーンと静まり返る。
あ、やってしまった。
「ええっと…ごめんね…」
そそくさとロビーを後にし、廊下を通ってギルマスの部屋に着く。
コンコンとノック。
「アイシャです」
「入れ」
ドアを開け中に入る。
整った机に、取り繕われたように高級そうな部屋。
まあ、ちゃんと整えられてるのんはそこらへんで。
中央机を囲むデスクには事務資料が積まれており、散乱するマグカップなどの小物。
適当に薪の積まれた籠に、そして毛布の乗ったソファー。
自分もそこまで人のことをとやかく言えるほど部屋が綺麗ではないが、さすがにギルドマスターとしてどうなのかと思う。
「ここに呼んだ理由は察しがついてるだろう?」
金髪美人で少し幼い顔立ちのエルフ。
白いアームホールの上に青い衣装を着て、皮靴を履き、ギルドマスターと言われても初見では信じてくれないような風貌。
この人がここのギルマス、セレネ。
「わかってますよ、勇者についてですね?」
「まあ、わかってるよな」
彼女は椅子の背に無気力そうに持たれかかる。
「勇者が、帰ってこない」
ギルマスがため息まじりに言う。
「ロイド達からも連絡がないし、どうすればいいと思う?」
「正直待つしかないと思います」
机に肘をついて再度ため息をつくギルマス。
「それがいいんだろうが、いろんなところから催促が届くんだよ」
引き出しから一つの手紙を取り出し、机の上に置いてこちらに差し向ける。
机の方に歩き、その手紙を確認する。王国印のシーリングワックスがついた高級そうな手紙。
「王宮議院からですか?」
「そこからも来たが、それは違う。印をよくみろ、象徴獣がヒポグリフじゃなくてグリフォンだ」
「あっ!まさか王からの直接文?」
ギルマスがうなずき、さらにため息をつく。
「今日の朝、使者から届いた。内容は怖くてまだみてない」
床を見て苦笑いするギルマスをよそに、裏に特に何もないことを確認する。
「中を見てみても?」
ギルマスは何も言わずに肩をすくめる。了承を得たので封筒を開けて中の文を読む。
「これは…」
中身はギルマスの部屋にある高級家具の取り繕いよりよっぽど薄っぺらい内容で、要約すると、早く勇者を見つけろ。とのことだった。
「はぁ…その反応から察するにまた催促か…。しかも多分送り主は王じゃなくて王名義の大臣だろう」
「…大変ですね」
「はぁ…早く戻ってきてくれアルド…」