間話・勇者の訃報
紅のシーツに意匠の凝られた模様が高級な凛隣花の繊維を使って縫い付けられている。
真っ暗な天蓋から垂れる宝石の付いた紐が怪しく煌めく。
我は大きな鼓動と全員を襲う鳥肌と共に目覚めた。
この感覚は知っている。
我をこの立場に縛り付ける忌々しい縛り。
世界を裏から調律する「運命の鎖」
「運命の鎖」で繋がれた者同士ならほんの微量ながらその振動や揺れを感じることができる。
だが今回のその感覚は、あまりに大きかった。
我ほどの察知感覚を持っていても感じることさえ難しい感覚が、ここまで大きな衝撃となって伝わるということは、我に運命の盤上で限りなく近い“何者か”の身に何かがあった。
それはおそらく、縛られていた者が自ら立つことができなくなったことにより、鎖が引っ張られて我にここまでの衝撃が来たんだ。
そして、我とそこまで近く運命の鎖に縛られる存在など、一つしか思い至らない。
勇者だ。
我は気づかぬうちに口角が歪んでいた。
この時の顔を見た者がいれば、ひどく恐怖するだろう。
それほどまでには凄まじい顔をしていた自覚がある、何せここまで心が躍ったのは初めてだったからだ。
運命の鎖の存在に気づいた時も、我が娘が生まれた時も、あの自称唯一神野郎をだし抜く計画を思いついた時も。
よもやこんな形でこの瞬間が訪れずとは思いもよらなかったぞ。
これを起こしたイレギュラーにもいずれ出くわさなければ。
そして、万に一つにそのイレギュラーが「混沌」に由来する何かであれば…
「くくッ…」
おっと、いけないいけない。
期待をし過ぎると裏切られるのは自分の娘で既に味わったであろう?
「だが笑らいを零さずにはいられない…くくッ…うまく行けば……ようやく、ようやくあの自称唯一神の時代に終止符を打てる…」
我は起き上がってを鳴らす。
突如、何もない空間からその場所に貼り付けたかのように、白い礼服を纏った少年が現れる。
その隣にはみすぼらしい装いの上、体に人の両手でギリギリ囲めるかくらいの太さの蛇が巻き付いている、目つきの悪い青年が現れた。
少年は片拳と片膝を地面につけ、主従関係にあることをよくわかっている様子だが、蛇青年の方はあぐらをかいて座って頭をポリポリ掻いている。
青年のボサボサの髪が揺れるたびに多量のフケが黒い石材を使った高級な地面に落ちる。
「セーレ、アンドロマリウス。アッピンの緋書を手に入れる重要性が飛躍的に増した」
我はそうとだけ口にする。
「はっ。必ずや」
ハキハキとした言葉で話す少年。
「めんどい…のぅ」
青年は言葉を口にせず、普通の人が聞けば青年がはなったであろうと思われる言葉は、青年の体に巻きつく蛇が発していた。
少年が蛇を睨む。
何かいいたげにしているが、我の前で口を荒げたくないのか、踏みとどまっている。
蛇は続けて話した。
「重要度が増した、と言われても魔王様が300年も追い続けてるアッピンの緋書が急に見つかるなんてことありませんよ…」
「お前の能力が最も適任なのだ。頼んだぞ」
そう言って我が再び指をならすと、両者とも姿を消した。