第8話 デートに理由は必要ですか?
土曜日、今日は休日。
室長と一緒に何をして過ごそうかと、胸をときめかす、朝。
「どこかに出かけましょう」
私は室長の高級マンションと違い、若干狭いアパート…。
ここで一日中過ごすには閉塞感に苛まれる。
ここはデートの方向で!
「目的は?」
「え?特には…?」
「私は目的なく外を出歩くような真似はせん」
私の彼氏はこんな時でさえ、ビジネスライク…
ええい!怯んでなるものか!
「じゃ、じゃあ、買い物にでも!」
「何を買うんだ」
ええ―!そこまで理由がいりますか!?
何かいる物あったかな?
何か理由が無いと、この人このまま帰って行きそう!
えーっと、えーっと…
あっ!!
「そ、そうです室長!CEOに結婚祝いのお品を買いに行きましょう!」
そうそう。忘れていた。これは絶対にいける!
「却下」
「えっ!?なぜ!?」
いつも色々とCEOには頂いている。そこで秘書室でお金を集めてプレゼントを購入する運びになっていた。
幹事は私だ。
「それなら木崎と行きなさい」
「由紀もまだまだ新婚ですよ!?」
休日まで連れ回す訳にはいかない。
「休みの日まで私を奴で浸食するな」
「室長ならCEOが欲しいものも知ってるのでは!?」
何がなんでも今日はデートをしようと私も食い下がらない。
「…奴が今一番欲しいものはな」
「はい!」
…ごくり。
含みを持たせた言い方に思わず唾を飲む。
「孫だ」
「…孫?」
…あれ?CEOってお子さんいたっけ?新婚さんだよね?え?ドユコト?
「正確には、直くんの子供だ」
直くんの子供って事はももちゃんの子供。
「…それは甥っ子、姪っ子と言うのでは?」
「直くんにあまり手をかけていないから、直くんの子供を思いの丈かわいがりたいんだと」
「…なんか自由な子に育ちそうですね」
何でも買い与えそうだな…は、置いといて。…あれ?CEOって新婚だよね?
「…自分の子後回しですか?」
「だから孫と言ったんだ」
「なるほど」
…じゃない!
「物でお願いします!」
子供はこちらではどうにも出来ない。他の物を!
「知らん」
「ええっ!?何か好きそうな物とか…」
CEOのようなエグゼクティブが欲しいもの、買うものなんて私には全く想像がつかないのに…!
「あの老成した男に欲しいものなどあるものか」
さっきから〝奴〟とか〝老成〟とか言ってるけど…大丈夫なの?もし本人を目の前にしてポロッと言ってしまったら…
「…ちなみに室長は何を貰ったら嬉しいですか?」
恋人同士となったからにはこれから先、沢山の楽しいイベントが待っている。
室長が欲しいものをプレゼントしてあげたい。ここはリサーチを…
「私に物を贈ろうなどと考えるな」
「まだ何も言っておりません!」
「私は無駄が大嫌いなんだ。いる物は自分で買う。余計な真似はするな」
なんてロマンも夢もへったくれもない…!
「で、ではその際は一緒に買いに行きましょう!」
ええい、怯んでなるものか!一緒に買いに行ってお会計を私がしたら良いだけ。うん、デートが出来る、そうプラスに解釈しよう!
「私は買い物は一人で行く。時間のロスだ」
「何それ!」
甘い甘い恋人同士では無いの!?
「結果、金券が一番。CEOにも金券にしなさい。一番間違いが無い」
金券…。なんてドライな…。
あ!
「室長!要望書!」
あれから室長の訂正は入ったものの、決済はくれた。
そこにしっかりと明記している。
デート。
「だから用事は聞いただろう」
「ですからプレゼントの下見も兼ねて行きましょう」
今日の室長はいつもより柔らかい。
これは押せばいける!
✽✽✽
「わー。デートですねぇ!室長!」
休日、私服デート。私は室長の腕をがっちり掴んで気持ちは最高潮!
(出張帰りのスーツケースの中に私服を入れて置くなんて、室長ったら!)
「騒ぐな。どこに行くんだ」
「デートなんですからハイテンションで行きましょう!」
「どこのバカップルだ」
「えー?デートは二人の世界ですよ!室長!」
デパート街に来てみた。ここでCEOへの結婚祝いと、室長へのお誕生日プレゼントの下見を兼ねて歩き回ろう。
「CEOへのと言うより、奥様と二人で使える物がいいですよね?」
つい…私と室長の新婚生活を考えてしまう。
私達なら何が欲しいかな…って。
「戸塚」
「はい!」
歩いていると室長から声をかけられた。私は幸せの絶頂にいる。
「顔を引き締めろ」
「…は?」
急に現実に引き戻された。何それ?
「緩みすぎて見る影もない」
「室長…愛する彼女の顔ですよ」
(もう!毒舌なんだから!)
私は昨日の幸せでいつもの室長の冷酷な言葉にもへこたれない。
「さっさと金券を買って帰るぞ」
「ですから金券以外を一緒に見て回って考えるんです。あっ!とりあえずコーヒーでも飲みますか?カフェデート」
室長は無類のコーヒー中毒。これはいける。
✽
カフェに入り、注文した物が運ばれてきた。
室長はやっぱりコーヒー。私はパンケーキ。
「室長、一口食べますか?」
「いらん。なんだその見るからに糖分の塊は」
「今有名なんですよ。朝イチだったから並ばずに入れて良かったです」
この人は絶対に行列には並ばないだろうから。
「そのパンケーキには何一つ栄養が感じられない。それで胃を膨らましては非合理的だ」
「ここでもそう出ましたか。では、室長のコーヒーは?」
「眠気覚ましだ」
「そんなに眠くなります?こじつけでーす」
この俺様は自分の事は棚に上げる。私も彼を熟知してきた。
少し、嫌味ったらしくネチっと言う。
「甘い物は心の栄養ですよ」
「女が言いそうな事だな」
「室長、そこは〝女性〟です。言い方一つで印象変わりますから」
室長を良く思わない人は多い。だからこそ、言葉には気をつけて欲しい。
「あと〝お前〟は禁止です。その一言で全世界の女性を的に回します。私にだけ、だとしてもいけません」
「…で、目星はついているのか?」
立て続けに私から注意を受けた室長は話を変えてきた。…かわいい。
「そうですね…二人で使うとなると、お茶碗とか…」
つい、私と室長がお揃いで使う想像をしてしまう。幸せ。
(私の部屋に置く室長の食器も買っちゃおうかな、なんて!)
「奴の家には茶碗は捨てるほどある。元の会長の時から続く焼き物もあるだろう。」
「で、でも…ほら、夫婦茶碗とか!」
確かにCEOのお家は元からお金持ち。だけどせっかくの新婚だもん、お揃いの食器!私なら欲しい!
「奴の人脈を侮るな。あの無駄に顔が広い男は茶碗など既に貰っている可能性の方が高い」
ぐ…確かに…
「えーっと…では、人と被らなそうな物を」
「金券。これが一番」
ぐ…。それだともうデートが終わってしまう!




