第3話 彼氏として答えて下さい!
「室長、お話があります。本日18時からお時間頂いても宜しいでしょうか?」
CEOからのアドバイスを受け、室長にアポを取る。
我社の定時は18時。つまりプライベートタイムのアポ取りだ。
「…急ぎか?」
「はい!」
寧ろ今からでも!由紀とこれ以上こじれる前に!
「分かった…」
「あ、ありがとうございます!」
や、やったー!室長が了承してくれた!
✽✽✽
「で、話とはなんだ」
定時過ぎ、私と室長は揃って退社。二人で晩御飯も兼ねて、居酒屋に入った。
「室長、私ビール飲んでもいいですか?」
「私に聞くな。自分の飲み物など自分で決めなさい」
「…」
デートなのに甘い雰囲気もなく、ピシャリとシャッターを閉められた気分…
大丈夫かな…?
「室長は何にします?熱燗?」
何とか場を盛り上げようとウキウキと弾ませて声を出す。
お通しを頂き、ドリンクを注文した。
「私居酒屋さん大好きなんです。このザワザワとした明るい雰囲気がいいですよね!」
「で、話とはなんだ」
「居酒屋メニューも大好きなんです。室長は何が好きですか?」
いつもの無機質な彼に私は酔わないと本題を言えそうに無い。要件のみを聞こうとする、この合理主義な彼を前になんとか時間稼ぎをする。
「ドリンク来ましたね。取り敢えずカンパーイ…」
「戸塚」
「はい!」
「話とはなんだとさっきから聞いている。余計な手間を取らせるな」
「よ、余計な手間って…!恋人同士なんですから少しはデートを楽しみましょうよ!」
「お前の望む恋愛論を私に押し付けるんじゃない。私は干渉されるのが嫌いなんだ」
どん、ピシャリ。ガラガラ、ピシャリ。
そんな音が聞こえて来そうなほど、室長は私との間のシャッターを物凄い勢いで閉じた。
ええい、怯んでたまるか!
「えーっと、では室長以外の人の話でも…」
「それが私を誘った理由か」
「…いえ」
「はー…」
…何、そのため息…
私、彼女だよね?
彼女と食事するのに要件が無いとだめなの?
「で、話とはなんだ」
もう何回目よ、室長のこの言葉。
少しくらい他愛もない話をして楽しもうとはしてくれないの?
「…金曜日合コンに誘われました」
楽しく食事して、酔って、明るく言おうと思っていたのに…正反対の早く、低い声を出してしまった。
なんだか悲しくて、俯いたまま。
「…で、話とはなんだ」
(…もう言ったし)
慣れてるけど、今はこの室長のうんざりしたような話し方が胸に突き刺さった。
「行くべきか行かないべきかを聞いております」
モヤモヤした気持ちを引きずりながら、早口で続けた。
「…それを私に聞いてどうする」
…わかってた。この流れならこう言われることを想定した。
私達は一般的なカップルでは無い。彼氏なら止めてくれるとか、一緒に考えてくれるとか、、
そんな事を期待していた私がバカだったのだ。
「…室長なら、どう答えるか聞いておこうと思ったものですから」
下を向いたまま、何も考えられずに口だけが動いた。
「自分の事も自分で決められないのか」
――プツン
私が切れた瞬間だった。
「…行くなと一言言えないんですか?」
どす黒いまでの低く地を這う声をあげる。
「彼女が他の男に絡まれてたら嫌ではないんですか?」
室長を真っ直ぐと睨みつけると室長は無機質で冷酷な視線を私に向けていた。
「戸塚は私に何を期待しているんだ」
「…」
「そこに自分の意志はないのか」
完璧に上司と部下
「もう少し主体性を身に着けなさい」
終わった…。
✽✽✽
「それは…大変だったね」
翌日、私は怒りをCEOにぶつける。
(上司であるCEOが室長を怒らないからあんなに冷たい人間になったのよ!)
「黒崎くんも感情を出すのが得意ではないみたいだから…」
少しは怒ってほしいのに、室長のフォローをしたCEOをキッと睨みつける。
我社のトップになんてことを…。しかも仕事関係ないし。
…とても素面では出来ない。
「CEOは奥様がその言葉を聞いて!合コンに実際に言ったらどう思いますかっ!?」
「…僕は…まず、そんな事言わないと思う…」
たじろぎながらCEOは彼氏の鏡のような答えを言う。
「多分…黒崎くんは戸塚さんが断ってくれるのを待っているんじゃないかな?」
「は!?」
「ほら、付き合っているんだし。黒崎くんも戸塚さんが黒崎くんの意見無しに、行かない前提で聞いてたと思うんだ」
…なんか…落ち着いて来た。
確かに私と室長の立場が逆なら、聞くまでもなく断って!って思うかも…。
それを聞いて来たって事は悩んでる?って落ち込むかも…
「…でもCEOが昨日話し合えと…」
「あー、そんな事言ったねぇ…」
ボソッと突っ込むと焦っているようなお返事。
「ごめんね。僕が不適切だったよ。黒崎くんと戸塚さん二人に嫌な思いをさせてしまったね」
…大人。
何この包容力。寛大さ。
普通部下にこんな話しされたら嫌でしょうに。
それなのにCEOが下手に出てくれて、私と室長両方共悪くないようにまとめてしまってさ…
「僕から黒崎くんに謝ろうか」
「い、いえ!そんなとんでもない!寧ろご内密に…」
なーんか、怒りもどこかに悲しくなってしまった…。
〝室長よりも優しくーて、大切ーにしてくれる〟
室長の…バカ…




