第2話 鬼と噂されるヒーロー予定の上司に声をかけてみた
給湯室に行くと先客がいた為、挨拶をする。
「お疲れ様です」
「あら、お疲れ様」
社長秘書の友田さん。
昼間からやたらと妖艶なオーラを醸し出している彼女は年齢不詳。
我社の社長は中々のワンマンで気性が荒い。しかしながら友田さんはその社長秘書が務まっている凄い人だ。
「……社長のコーヒーですか?」
せっかくなので、他愛もない話をする。
「ふふ、お水よ。社長、これからお薬を飲まれるから……」
「そうですか」
たおやか。これが秘書の鏡だと思う。だから重役付きの秘書が勤まるんだな。私は誰にもついていない。秘書課の雑務をするだけ。
「友田さんは……おつきあいしてる方とか……いらっしゃるのですか?」
「え……」
なんの意識もせずに言葉が出てしまい、ハッとする。
(しまった……! 先輩に馴れ馴れしくプライベートを聞いてしまった!)
「あっ! あの……! すみません! 違うんです!」
慌てて弁明する。黒崎室長に知れ渡ったらまた叱られる!
「ふふ。……好きな人はいるわよ」
「好きな人……」
「ええ。……内緒よ。二人だけの秘密にしてくれる?」
友田さんはたおやかで妖艶な雰囲気を壊さずににっこりと微笑んで口元に人差し指を置く……やたらセクシーな人だ。
「……どんな方なんですか?」
注意されなかった事をいい事に、つい聞いてしまった。
「……とても素敵な方よ。この命が尽きようとも……彼の為にできる事を全てしてあげたいくらいね……」
「そこまでの方がいらっしゃるのですね……」
口角のみが上がり、目は笑っていないその瞳に得体のしれない恐怖を感じてしまった。
(……誰だろう、友田さんがここまで惚れ込む人って)
「そろそろ行かないと……」
「あ! すみません足止めして! お疲れ様です!」
「ふふふ。内緒よ」
「は、はい!」
友田さんは私に背を向けて、しゃなりしゃなりと歩き去って行った。
(……うーん、無駄に職場でフェロモンだしてるなー)
友田さんは片思いか……。そうだよね。この世の中、全てが自分の思い通りに行くわけではない。ましてやそこに他者が入るとなると尚更。
……私、いつか本当に好きな人に出会えるのかな?
そんな気配……
全くない!!
✽✽✽
「真紀子、まだかかりそう?」
終業時刻となったが、私はまだ帰れそうにない。室長から指摘されたスケジュールを今日中に訂正して組み直さなければならない。
「うん、由紀先に帰ってて」
「了解。ほどほどにね」
「ありがとう。お疲れ」
「また明日ね〜」
いつもは最寄り駅まで由紀と一緒に帰るのだが、私は今日は残業。私のミスだから仕方ない。
―――カタカタカタカタ、カタカタカタカタ
「…」
集中して、パソコンに入力する。あと少しで修正も終わる。そしたら、片付けて、帰って、お風呂入って……
――ドサッ!
「!!」
誰もいない静かなフロアに突如物音がして驚く。ドクドクと心臓が動きながら、物音のした方に体を向ける。
「――あ、室長……」
帰ったはずの室長がそこにはいた。物音の正体は室長が鞄をデスクに置いた音だった。
「お疲れ様です……」
「……」
取り敢えず挨拶をするが、室長からの返事はない。
「帰られたのでは無かったんですか?」
「……CEOをパーティ会場に送っただけだ」
めげずに話しかけると、答えてくれた。
「送って……そのまま帰らなかったのですか?」
「……仕事が残ってる」
「……そうですか」
そこで会話は終わった。室長はCEOから絶大の信頼をされている方。仕事量も多い。それこそ社内機密も沢山知っているはずだ。
それなのに……いつもの、ルーティンの仕事であるスケジュール作成のミスして室長に迷惑かけるなんて……。
―――カタカタカタカタ、カタカタカタカタ
物音一つない静かな社内で、私と室長のパソコンを叩く音だけが聞こえる。
「よし、終わった〜!」
ようやく仕事が終わり、やっと帰れる安堵感に少し泣きそうになる。
―――カタカタ、カタカタカタカタ
チラリと室長を横目で見ると、全く表情を変えず、黙々とパソコンに向かっていた。
「……室長、まだかかりそうですか?」
時刻は夜9時。私のような凡ミスで急いで修正をしなければならない仕事でなければ、明日の為にも早く帰った方が良いと思い、声をかけた。
「……終わったのか?」
「あ、はい! ご迷惑をおかけしました!」
「……目を通しておく。早く帰りなさい」
「え、あ、し、室長は……?」
いつもは恐くて聞き返したり、質問したりなんてしない。
なるべく早く会話が終わるように、怒らせないように……そういう相手だった、室長は。
だけど今声をかけたのは、ただ単に疑問に思ったのか、残業で疲れて判断能力が低下していたのか……分からない。
だけど、声をかけていた。
「私はまだだ」
室長は一瞬驚いたようにパソコンから私に視線を移した。
目があったのはほんの一秒あったかないか……すぐにまたパソコンに視線を落とし、一言呟いて入力を再開した。
「……コーヒーか何か……お持ちしましょうか?」
我社は重役を除いてドリンクはセルフサービスとなっている。普段ならこんな事は聞かない。
「いや、いい。早く帰りなさい。仕事の邪魔だ」
「……はい。お疲れ様でした」
いつもの、冷たい凍りつくような声を聞いて、我にかえる。
(恐ろしい。この室長に会話を振るって……私はなんてチャレンジャーなの)
少しの恐怖を感じながら、私は荷物を持って職場を後にした。
社長秘書の友田さんも
シリーズ小説〝一生に一度の素敵な恋をキミと〟に出てきています(*^^*)
好きな人も分かるかも!