第19話 苦悩(※ヒーロー視点です)
戸塚の気持ちは分かった。しかし、私にはそんな気持ちが毛頭ない。
――あの時、それが答えだった。
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「黒崎くん、昨日戸塚さんちゃんと送ってくれた?」
「はい」
「良かった、安心したよ。ありがとう」
会食の翌日、CEOの自室に来るとまたしても戸塚の話になった。
「昨日戸塚さん頑張ってくれてたね」
「そうですか?」
「即戦力だったね」
「そんな事はありません」
「先方も上機嫌だったし、戸塚さんのおかげだよね」
「…」
(ああ、面倒臭い。これは私が肯定するまで続くパターンだ)
私は秘書としてこの直属の上司の事はある程度熟知している。
しかし意に反する言葉を述べるのは私のポリシーに反する。
私が上司におべっかを使うなど言語道断。
…しかし、これ以上続けるのはもっと面倒臭い。
「…そうですね」
全く心のこもらない返答をした。
すると…
「そうだよね。黒崎くんも戸塚さんがいて助かったよね」
なぜかCEOは満ち足りたような満面の笑みを浮かべる。
「…次回の色ボケ休日はいつですか?」
早々に話を変える。なんだか悪寒がする。面倒事に巻き込まれるのは御免だ。
「あ、色ボケじゃないけどラグビー部の合宿の手伝いがあるからその日は昼抜けるね」
「…一日休まれたらいかがですか?」
まだ聞くに耐えられる話へと話題が変わり安心する。
それと同時に先程の反撃を忘れてはいけない。
「…いない方がいい?」
「はい」
「休みまーす…」
「おかげで仕事が捗ります」
「毎度毎度、結構な言われようだよね」
(あー、スッとした)
このブラコンなCEOは事あるごとに弟二人の心配をする。
見ていて異常だと思うほど。口を開けば弟の『直くん、貴ちゃん』目を離せば『直くん、貴ちゃん』
こんな兄貴がいたら私は発狂する。私は干渉されるのが大嫌いだ。
「CEOの愛情は異常です」
「通常の愛情ってどんなの?」
「私に聞くのが間違っています」
「おっしゃるとおりです」
愛とか恋だとかそんな物は私に必要無い。普通の愛情なんぞこっちも知らん。
が、
少なくともこの色ボケ上司の愛情が異常な事だけは分かった。
益々愛とか恋だとかそんな物に嫌悪感が湧いた。
そんな中、女避けの手っ取り早い方法は無いかと模索していると、ふいに戸塚が思い浮かんだ。
別に戸塚を利用するつもりは無かった。
人権を無視した提案に激怒し断ってもらい、更に私を軽蔑してくれたら…
そうすればまた、誰にも干渉されない自由な日々が送れるのでは無いかと…それだけだった。
それだけだったのだが…
「いいじゃないですか、室長。決裁を下さい」
今、私の隣にいる人間は誰だ…?
まさかの提案に乗られ、逆にこちらが困り果てた。
私とて鬼では無い。そこまで健気な事を言われると罪悪感を覚える。
だから、戸塚の要望を聞いてあげようと思った。
そしたら…
「…随分と言うようになったものだな」
「はい。室長は優しいので本気で怒ったりしませんから」
なぜか戸塚はふてぶてしくなった。
そして…
「私が…室長の事をお慕い申し上げておりますので、室長も同じ気持ちだったら、と思って…」
はっきりと思いを口にするようになった。
…さて、どうしたものか。遂にはっきりと口にされた。
(どうしたものか、など…)
断ればいいんだ。この前みたいに。
私は人から干渉されるのが大嫌いだ。愛とか恋だとかそんな物は私の世界には必要ない。
彼女なんか出来たら面倒以外の何物でもない。
だから…断ればいいのだ、が…
――認めましょう、これはヤキモチです。
…。
ヤキモチなんぞ誰が焼くか。私は他人に興味がない。
――黒崎くんにも現れるといいね。
寝言も大概にしろ、この色ボケ。私はCEOのように自分の意見を180度変える人間にはならない。
だから断ればいいんだ。悩む事も無い。
「――っ…」
声がでらん。…何をしている、私は。さっさと断ればいいだけだ。
「…」
「…室長?」
思いを告げられた私が何も話さないのを不信に思った戸塚から伺うように声をかけられた。
「あのー…?」
「…帰るぞ」
「は?…えっ!?」
「早くしろ、置いていく」
「え?え?えー!?ちょっちょっと待って下さい室長!」
「待たん、急げ」
断ろうとすると声が出ない。私とした事がとんでもない失態だ、屈辱だ。
敵前逃亡。戸塚は敵では無いが、取り敢えずここは逃げるしか無い。…なんて情けないんだ、私は。
こんなのは私ではない。
ああ、だから愛とか恋だとか言った類は嫌いなんだ!
私を浸食しないでくれ、私は人から干渉されるのが大嫌いなのだから!
『黒崎くんにも現れるといいね』の件は
シリーズ小説【一生に一度の素敵な恋をキミと】の
【第一章 第61話 新しい朝と色ボケ。そして全てを話す。】
に記載されているものになります。
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