第17話 彼女としてこちらの要望書を提出しよう
あれからなし崩し的に始まった私と室長の交際。
彼女となったからには私の意見を聞き入れてくれるそうだ。
私は今、その要望書を仕上げている最中である。
「真紀子ー、ランチー!」
「うん!」
由紀と二人でランチタイムにする。
「まさか由紀がお弁当作って来るようになるとはねー」
「前の晩の残り物だけどねー」
新婚の由紀はお弁当を作って来るようになった。それに合わせて私も作ったお弁当を持参し、会社のカフェスペースで昼食を取る生活に変えた。
「すごい熱中してたね。なんの仕事?」
「要望書」
私は瞳をキラリと光らせて由紀に伝える。
これであの冷酷無慈悲な室長が私の彼氏にして欲しい事をしてくれるのだから!
「要望?なんか不服あった?」
「ううん、会社じゃないよ。プライベート」
「あ、室長への要望?」
「うん、もう少しで出来上がるんだ。後はプリントアウトして決裁もらえばー」
「真紀子…それ本当にプライベート?」
「もちろん!」
幸せなプライベートタイムへの足がかりよ。
✽✽✽
「室長!こちら宜しくお願い致します!」
「…目を通しておく」
午後になり、要望書を仕上げた私は室長に決裁を貰いにいった。案の定、いつもと変わらずパソコンから目を離さずに無機質な声。
(プライベートの物なのに、ここに置いてていいのかな?)
「どうした、早く席に戻りなさい」
「あ、その…」
突っ立ったままの私を変に思ったのか室長がパソコンから私に目線を移してくれた。
「…なんだこれは」
「要望書です」
「仕事時間中だぞ」
「ですから決裁を…」
私の本来の仕事は今日はもう無い。だから大丈夫!
「室長のお仕事でお手伝い出来そうな事があったら何でも言って下さいね」
にっこりと微笑んで目の前の私の彼氏に伝える。あ、なんか幸せだな。
「…そうか。ではCEOに早く会社を出るように則してくれ」
「CEOは本日外出予定ですか?」
「違う。いると思うと私の気が散る。早く帰らせてくれ」
真顔で恐ろしい事をいう室長…
「そ、そんな事私の立場では無理ですよ!!」
「無理だと思ったら頼まない。こんな要望書をかけるくらいだ。CEOにもそのくらい強気で行け」
「ええっ!?」
そんな無茶な…!
「でなければこの要望書は受け取らん」
「えっ!?約束が違っ…!」
✽✽✽
――コンコン
「失礼致しまーす…」
CEOの自室にノックして返事が聞こえたのを確認して入室した。
(あれから室長が聞く耳持ってくれなかったんだもん。グスン)
「どうぞ。何かあった?」
「いえ…あったというわけでは…」
どう、なんと伝えたらいいのか…
「何か悩みでもあるの?座って」
目を泳がせソワソワしていると応接スペースのソファに則された。
(心配されている…)
「いえ、あの…CEOのお仕事は…後どのくらいで終わりそうですか?」
「僕の?うーん…2〜3時間くらいかな」
「え!そんなにっ!?」
室長からさっさと帰るようにって言えない…。それなのに後2〜3時間とは室長にも言えない…!
「急ぎじゃないから気にしないで。座って話そうか」
「い、いえ!違うんです!」
CEOは完璧に職場の相談に来たと勘違いしてる…!ど、ど、どうしよう!
「黒崎くんの事?」
「はあ、まあ」
「…黒崎くんに何か言われた?」
「えーっと…なんと申しましょうか…」
「あ、帰れって?」
あれ?当てられた…
「そうと申しますか…」
「戸塚さんに気を遣わせてしまったね」
未だしどろもどろな私に対して全てを悟ったようにCEOが穏やかに微笑む。
「すみません…」
「どうして戸塚さんが謝るの?聞いたよ、黒崎くんと付き合い始めたって」
「え!?室長はもうCEOに!?」
「うん、それで戸塚さんに甘えて頼んだんだね」
甘えて…
「そう…でしょうか?」
あの室長が私に甘えて…?ポカポカと心が暖かくなる。
あの氷の室長が私に甘えて…
「黒崎くんは人に頼み事をしないから、よっぽど信頼されているんだろうね」
CEOの微笑みと言葉が私の心にズッキューンっとトドメを刺す。
戸塚真紀子、ようやく実感が湧いて来ました!私はやっぱり室長の彼女になれたようです!!
「それもこれも…全てはCEOのおかげです!本当にありがとうございました!!」
女避けの交際だろうとそんな事はもはや関係ない!
今の私は叶うはずのない片思いが成就したリア充女子!
これ以上無いほどの満面の笑顔でCEOと話す。
「なんの事?」
「なんのって…CEOのお力添えあっての事ではないですか!」
「何か力になったなら嬉しいよ、ありがとう」
CEOは私に気を遣わせないようにそう言ってくれてるんだなー。優しい…
「室長は…どんな事をしてあげたら喜んでくれますかね?」
CEOの包み込んでくれるような優しさについつい話しかけてしまった。
「うーん…黒崎くんから聞いた事は無いけど、好きな人が自分の事を思ってしてくれる事なら何でも嬉しいと思うよ」
紳士な回答だなー。
穏やかに微笑みながらそう言われるとこんな大人な彼氏がいると幸せだろうなぁと思った。
(私はクールな室長が好きだけどね!)
好きな人がしてくれる事、か…。CEOは知らないんだろうなぁ。室長は女避けで私と付き合っている事を…。
「僕はそろそろ片付けて帰るよ。戸塚さん、自信を持って黒崎くんに僕を追い返したって伝えていいからね」
「CEO…」
そう言ってCEOは席を立った。本当にジェントルマンな人だ。私が室長の為にCEOを帰したって…
室長が喜ぶ事の手柄を…私にくれたのだから。