第15話 告白もどきの結果
「迷惑だ」
「…」
一生分の勇気と根気と…私の中の全てを総動員して伝えた言葉は物の1秒持たず、返されてしまった。
無機質な、声。抑揚の無いそのトーンがいつにも増して冷酷さを醸し出している。
(泣くもんか…!)
俯いたまま膝に置いていた手を必死に握り締め、歯を食いしばって堪える。
想定外だった。なぜかこんな話に発展して、まさかこんなやり取りをする事になるとは…。
昨日よりも打ち解けて、幸せいっぱいの時間を過ごすはずだったのに…!
「…」
何か言葉を発したらこのまま涙が零れ落ちそうで、私は更に必死に拳を握り締める。
…きっと、泣く女を室長は好きではない。この恐ろしいまでの合理主義な男性はそれこそライトな関係を望んでいる。
(絶対に泣くもんか…!)
迷惑がられたとしても、なんとか泣かずに持ち越して室長との関係修復を願っている私がいる。
――何がなんでも泣くわけにはいかない。
「〜っう…!」
そう思ってやり過ごしていたのに、ついつい零れそうな涙を啜ってしまい音を出してしまった。
「…」
室長は何も言わない。きっとうんざりしているはずだ。
〝迷惑だ〟
益々室長との間に溝が出来てしまう。
「…すみません!」
なんとかそのまま声だけを荒げて謝罪する。
「…何がだ」
返って来ないと思われた返事が、個室だと充分に響いた。
「っう、す、すみません…うぅ…」
聞けないと思っていた室長の声を聞いて、ついに私は堪えきれなくなってしまった。
「すみませ…っん…」
もう本格的にどうしようも無くなり、ただひたすら謝り続けた。それ以外に何をどうしたらいいか分からなかった。
「…悪かった」
突如室長が声を出した。
「だから泣くな」
いつもと変わらない無機質な声をいつもより小さくして、彼は話す。
「この図は誰がどう見てもパワハラだ、謝る」
そう言って頭を下げた室長を上目で見て、あんなに堪えていた涙がピタッと止まった。
どんな時でもビジネスライク。それが、鬼と噂される室長である。
仕事の為に謝っただけ。そんな事分かっている。ただ、それを目の当たりにして私の心が止まったのだ。
「…別に誰も見ていませんし、私は誰かに申し立てるつもりもありません。」
やや自暴自棄になりながら、伝える。
「そうだな」
それに室長が答え、会話が終わる。
食事はまだ6割ほど残っている。
「…」
私はそれから何も言わず目の前の料理をただ口に運んだ。
何を話したらいいか分からないし、これからどうするのが正解なのかも分からなかった。
だから…目の前の料理に集中した。
このまま席を立つ選択肢もあったけれどそれをしなかった私は、やっぱり室長の事を好きなんだと思う。
✽
「ごちそうさまでした」
無言のまま料理を食べ終え、手を合わせる。
料理は美味しかった。会食の手解きも聞けたし。
きっと、これで良かったと思おう。
「…室長、本日は貴重なお時間を割いてご指導頂きありがとうございました」
私は遠くを見つめるような気持ちでお礼を述べる。
「私の為にわざわざ…」
就業時間外に付き合ってくれた。あの、室長が。
それだけで…充分。
「お前だからだ」
「…………は?」
「二度は言わん」
「えっ!?えっ!!?」
自暴自棄になってて聞き流してしまった。今、とんでもない爆弾発言が…
「こんな事で一喜一憂していたら付け込まれる。自分を律しなさい」
「はい!…えっ!?いえ、そうではなく!」
真っ暗な雰囲気と気持ちに一気に明かりが差し込む。
「ど、どういう意味でしょうか!!?」
期待を込めて、ずずいと身を乗り出す。
「私とて好き嫌いはある」
「え、え!?」
…そ、それは…
もしかして…私を好き…だと言うこと…!?
「自惚れるな、これ以上は言わん」
「ええっ!?」
な、何それー!?どういう事!?
「し、室長!好き嫌いの基準を教えて下さいっ!」
無駄を嫌う室長にこれ以上食い下がる勇気はなくて、別の角度から攻めることにする。
「駒になるか否か…だ」
「はっ!?」
「くどい。使えん奴は切る、それだけだ」
「ええー!!?」
ちょ、ちょっと待って!頭がパニックになっている!!
えーっと、私だからこうして手解きに付き合ってくれて、それは好きだからで、だけどその好きは駒になるか…で…
…あれ?
〝自惚れるな〟
「つ、つまり、駒になりそうだから…私に付き合ってくれた…と…?」
「遅い。秘書は瞬時に求められていることを判断しろ」
表情も口調も何一つ変わらない…室長。…がーん。
地に落とされ、天まで登り、地に落ちた。
室長の一言で。
「これから先私に利用されたくなかったら、自分で身のフリを考えることだな」
とどめ…来ました。
いや、ちょっと待って。落ち着いて。
ショックと衝撃で冷静さを欠いていたけど、落ち着いてみるとなんか私…可哀想じゃない?
この一連の流れ、なんか自分が可哀想!
ええい!挫けてなるものか!
「そうですね…。身のフリを考えてこの一連の流れはCEOにご相談しようと思います」
「…誰にも言わないと言ったはずだ」
「室長のお言葉で考え改めました」
スーッと室長を見据える。大丈夫、この恋はここで終わりじゃない。私のバックにはCEOという強い味方がついている!
…はず。
「CEOにお伝えしたら室長は減給…もしくはボーナスカット…」
「ほう、脅しのつもりか」
「事実かと」
「…木崎の横で従順に相槌を打つだけだと思っていたが」
「よくそう言われます」
いつも明るい由紀と一緒で印象の薄い私。そんな事自分が一番よく分かっている。