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華闘記  作者: 早川隆
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第十四章  乱舞  (六)

秀吉は、真剣なおももちで弥三郎に訪ねた。

「しかしその後、織田家は、あちこちで血塗られた大戦や、背筋も凍るような鏖殺(おうさつ)を繰り返すことになろう?幸いにも、この藤吉郎秀吉が関わった戦では、さほど多くの血は流しておらぬ。しかし、かの柴田権六はじめ、惟任十兵衛、惟住五郎左、その他、滝川、佐久間、原田、森。これら綺羅星(きらぼし)のごとき織田家の諸将が、この日の本じゅうに散らばって、あちこちで為したこと。それらは、総見院様によるその教訓とは、まるで逆さまのことではないか。弥三郎さんよ、それについて、あんたはどう思う?」


弥三郎は寂しそうに笑い、俯いて、やがて顔を上げ秀吉の目を正面から見据えて言った。

「そのこと、明日お話いたしましょう。(とく)とお話いたしましょう。先ほど、大した話はもうないと申したは、お気づきの通りの偽りでござる。ここに参った時には、話すつもりなどございませなんだが、この際でござる。話すには、拙者にとってとても辛うござるが。しかしきっと・・・きっと、今後の筑前守殿の御為(おんため)になる話でござる。」


「そうか。それは楽しみじゃのう。」

秀吉は言い、又助のほうを見やった。又助は、悲しげに語る旧友の小さく(しお)れた背中を、脇から心配そうに見ていた。




「拙者が、筑前殿をお引き止めしてまで、津島の踊りの話をしたのには、それとは別の訳がございました。」

唐突に、弥三郎が言った。

「斯様なことを、話すつもりではなかった・・・さすがは人たらしの羽柴筑前。うまく口車に乗せ、この儂からいろいろと聞き出しおった。不覚をとったのう。見事じゃ。」


口調までが変わった。突如の豹変に、座敷に居た秀吉と又助、そして佐吉までもが青くなっている。別人のように変じた弥三郎は、構わず続けた。

「儂が言いたかったのは、総見院様のことだ。天女に扮した、あのときの織田上総介信長のことだ・・・頭に天冠を戴き、長く垂らした緑髪、軽やかな絹の舞衣(まいぎぬ)、上になかば透けた羽衣をひらひらと(まと)い、錦の紐で縛った大口袴を履き、右手には神代のような翳扇(かざしおうぎ)・・・あのお姿よ!あの神々しさ、美しさよ!地上の浅ましきおぬし等に、儂はただそれだけを伝えたかったのじゃ!」


又助が、一気に(ほとばし)るその口舌を(さえぎ)るようにぴしゃりと言った。

「待て、弥三郎!いくら朋輩とて、その言い(ざま)は無礼であろう!」

佐吉も続けて叫んだ。

「控えられよ!筑前守の御前でござるぞ!」




はっと気がつき、弥三郎はまたもとの穏やかな面持ちに戻った。

「これは・・・また、なんとしたことを。言うているうち熱に浮かされ、目の前が見えなくなってしまう、これは拙者の病でござる。誠にご無礼仕った。筑前守様、なにとぞお許しあれ。また又助殿、ご注意いただき、こころより御礼申し上げる。」


そう言って、深々と腰を折って一礼した。佐吉がこの無礼な小領主の処分を問いたげに主のほうを見たが、秀吉は表情を消し、ただ淡々とこう言って場を収めた。

「病か。ご自愛なされよ。総見院様は、たしかに見目麗しきお人であった。この(さる)とは、果たしておんなじ人間かと情けなくなるくらいにのう。天女に扮されたのであれば、確かにお美しかったであろう。まるで(まなこ)に浮かぶようじゃ・・・それでは、また明朝にな。今夜は、ゆるりと(くつろ)がれよ。」


<『華闘記』 第一部  了 >

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