第十四章 乱舞 (四)
「矢弾を使わぬ、最後の戦じゃな?」
秀吉が、ニヤニヤとしながら言った。
「さてさてどのような戦支度であったのか。さぞや見ものだったであろう。」
「拙者は、鷺になり申した。」
弥三郎は言った。
「む、鷺じゃと?あの、川で虫や小魚をついばむ鷺のことか?」
又助が聞き返すと、弥三郎は頷き、こう補足した。
「白鷺になり申した。全身、白衣に身を包み、足には萌黄色の脚絆を巻きつけ、頭には高く尖んがった首と長い嘴の張子を被り、首の後ろには防暑のため同じく真白な垂布で覆い、まさに鷺そのものの扮装をしたのでござる。」
「張子を被ったのか?前が見えぬではないか。」
「無論、目にあたる箇所には穴を開けており申す。なにしろ戦支度です。敵が見えずば、戦になりませぬ。」
「他にも衆が居ったのだな?」
「いかにも。平手内膳殿はみずから赤鬼になられました。浅井備中守の御家来衆で踊りに秀でた者が黒鬼に。餓鬼には滝川家の御家来が、そして地蔵には織田藤左衛門家の御家来衆が扮し、前野将右衛門殿、伊東夫兵衛殿は弁慶となられ、また同じく弁慶の扮装で美濃生まれの市橋伝左衛門殿も加わられました。これは、もちろん美濃方との通謀がほぼ露見していることを示すための、敢えての人選でございます。その他、飯尾定宗殿も弁慶になられましたな。定宗殿は、その後まもなく鷲津の砦でお討死なされました。いかにも口惜しいことでございます。」
「こと細かに、よう覚えておるのう。もう今より二十年以上も昔のことであろうに?しかも、戦のようなものとはいえ・・・ただの踊りじゃ。」
秀吉はそう、敢えて挑発するように言った。が、弥三郎はただ苦笑してこう返した。
「ただの踊りでございます。されど、それはまさに最後の戦でございました。そして、誠に楽しい思い出でもござった。あの血塗られた尾張統一戦の終盤、まるで針の山の上をそろりそろりと渉るような長く厳しく辛い時の終わり、我らはただ弾けるように笑いさざめき、そして乱舞し、皆でただ、まっしぐらに敵のほうへと向かって進んだのです。」
言いながら弥三郎は、くっく、と笑った。いかにも愉快でたまらないといった風に。笑い止まず、なかなか次の句が継げない。しばらくして、やっと続けた。
「我らはまず、なんの先触もなく津島の社の前に集まり、舞を奉納いたしました。なに、神前に捧げる厳粛な舞の作法など、誰も大した心得など有りはしませぬ。各人各様に適当に調子を合わせ、勝手な風流踊りなどしておっただけの話でございます。そしてそこから隊伍を組み、鉦や太鼓を打ち鳴らし、笛など吹いて賑々しく大橋を押渡り、天王川の向こう岸へと向かいました。なんの騒ぎかと、ぞろぞろと沢山の町衆がついてきて、やがて我ら同様に笑いさざめき、無茶苦茶に舞い始めました。まさに乱舞です。向こう岸に豪壮な邸宅を構える津島七人衆どもは、さぞびっくり仰天したに違いありませぬ。それはまさに戦、多くの一揆衆を従えた、賑々しき、まさに織田上総介による一大奇襲であったのです。」




