第十四章 乱舞 (三)
立ち去ろうとした秀吉は不審な表情を浮かべたが、やがて頷くと、黙って座りなおした。
「そうか。そりゃ、無論のことじゃ。そんなに大切な話と、弥三郎さんが言うなら。」
「有り難きしあわせ。又助さんも、よう聞いといてもらいたい。」
「うむ。もちろんじゃ。」
二人が腰を下ろすのを見届けると弥三郎は、
「踊りのことでござる。」
唐突にそう言った。
「尾張の統一がその終盤に差し掛かった夏のある日、総見院様が、津島天王に踊りを奉納すると、そう仰られました。」
「踊り?」
秀吉が訝しげに聞いた。
「さよう。津島天王の夏の祭礼も終わり、町に立った露店なども残らず畳まれて、ようやくあたりが閑散とした頃合いに、誠に唐突なことでございました。」
「うむ。たしかに奇妙なことじゃの。」
「我らも首を捻りましたが、もちろん、それにははっきりとした目的がございました。津島衆への、示威と威圧でございます。」
「津島衆じゃと?」
秀吉と又助は同時に声を上げた。そして、顔を見合わせた。
「津島は、総見院様、いや織田弾正忠家のまさにおひざ元ではないか!いわば身内のようなもの。それを威圧するとは、いったい如何したことかい。」
又助が、弥三郎へ目を戻して聞いた。当時まだ秀吉は軽輩で、そのときの事情はよくわからない。しかしすでに士分だった又助は知っていた。津島衆の支持と連帯が、当時の織田上総介信長にとって、どれほど大切なものであったか。その津島衆に向かって、さきの裏切者、池田や佐々に対してと同様に、こともあろうに威圧とは。
複雑な思いの塗り込められた又助の視線を、弥三郎は正面から受け止めた。
「さよう。お察しの通りです。池田や佐々と同様、津島衆の一部にも、よからぬ曲事を画策する向きがございました。」
「誰じゃ、それは?津島衆の大半はただの川商人じゃ。それか祠官 (神主)に過ぎぬ。武家など誰もおらぬぞ。」
「しかし、その川商人たちのなかに、国外の武家と通じ、国内の敵対諸勢力を焚きつけ、ひそやかに何かを通謀していた者が居たとすれば?」
弥三郎はニコッと笑い、まるで又助を試すかのように問いかけた。
しばらく黙り、横から彼を見つめる天下人の視線をも無視して考え込んだ又助であったが、やがて悟り、うなるように名を絞り出した。
「道空殿か・・・堀田の。」
ここで秀吉が口を挟んだ。
「その名はもちろん、儂も知っとるでよ!堀田は、いまも続く名家ではないか。まさに津島衆の中心じゃ。それにたしか・・・。」
「さよう。ただの川商人ではなく、有力な武具調達の担い手でもございました。そして彼は、長良川を下り来る材木その他の商荷を介して美濃とつながり、総見院様と、亡き御正室の歸蝶様とを結びつけた男でもございます。」
「そうか。あの蝮の道三の娘を、総見院様に嫁がせたのだったのう。確か、正徳寺で道三と総見院様が会盟した際にも、両家のあいだをつないで大いに活躍したとか。日々の商いの重要な相手じゃ。道三亡きあと、その道三を弑した息子と繋がるのも、商いの利を保つためには必要なことじゃろうて。」
「まさにその通りでござる。堀田道空殿は、おそらくは美濃の意を受け弾正忠家の監視の目をかすめ敵対勢力にも密かに武具を売りつけており、尾張が不穏であればあるほど儲かるお立場でございました。同時に、津島天王社の祠官職の連枝であり、押しも押されもせぬ津島衆のまとめ役でもございました。目と鼻の先に在った勝幡城の織田弾正忠家を担ぎ、首尾よくこれを使って尾張の統一を成し遂げましたが、同時に、この期に及んでもなお美濃斎藤家と無視し得ぬ濃密な繋がりを保ち続けていたのです。」
「その繋がりを断ち切っておかねば、また、いつ、何がどうなるか・・・。」
「わかったものではござらぬ。」
弥三郎はその言葉を一気に引き取った。
「このこと拙者はあずかり知らず、全く総見院様お一人の発案でございました。しかし、誠に結構な策でございました。まさに、これこそが最後の総仕上げ。我ら、総見院様のおそば近くに控えおりし者共、皆々勇んで戦支度に取り掛かったのでございます。」




