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華闘記  作者: 早川隆
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第十四章  乱舞  (二)

「居眠りさえしてなきゃあ、今頃はあんたが筑前守だったかもしれんの!」

秀吉が快活に言い、笑った。

「しかし、まずは生きててなによりじゃて。あんたもその後、丹羽家の与力になり、今日まで息災に過ごしてきた。下手に大手柄立てるとよ、その後もずっとびくびくして、誰かに寝首を掻かれぬよう一刻たりとも気を抜かずに生きていく羽目になる・・・ちょうど、今の儂のようによ。」

天下人はそう言い、おどけながら首を(すく)めて見せた。まるで、大きな猿がなにか、巨大な誰かに躾けられた芸を演じているようだった。


弥三郎も、笑いながらこう旧友を慰めた。

「さようでござる。その時、突如駆け出した総見院様に遅れず()いて行った、勇敢な小姓どもが五名おりました。彼らがその後どうなったか、ご存知でしょう?何事も目立たず、程好いくらいにしておくのが一番でござるよ。」

又助は渋面を作ったまま、いとも苦々しげに先ほど注がれた茶を(すす)った。


うしろで、才槌頭が軽くこほんと咳をした。秀吉はハッと気づき、彼のほうを振り返った。

「おっ、と。つい時を過ごし過ぎた。弥三郎さんの話が面白すぎての。いや、はや、なんという話じゃ。」

そう言うと慌しげに立ち上がり、手にした扇で尻を払った。

「わしゃあ、これから別のつとめがあるでよ。だが、弥三郎さん。それから又助さん。あんたたちとは、まだまだ昔語りがしたいんじゃ。どうじゃろ、今夜ひと晩この城に泊まり、明日また続きを聞かせてくれんじゃろうか?」


弥三郎と又助は、互いに顔を見合わせた。たしかに、襖の合わせ目から(こぼ)れてくる光はやや鈍色を増し、もはやそれが夕照の荊棘(いばら)の先端であることを示している。ほどなく黄昏刻がやってくるであろう。

「いくら警固をつけてもよ、とにかくここは戦さ場のうちじゃて。夜だと、いってえ道中、何が起こるかわからぬ。あしたは早ようから話せば、まだ明るい安全なうちに送り届けることもできるて。な、是非、ご両人とも。そうしませい。そうしませい。」


「では、お言葉に甘えて。」

弥三郎が言うと、又助も頷いて、答えた。

「実は、帰りは夜をまたぐかもしれぬと予め言い置いてある。差し支えはござらぬ。」

「そうか、そうか!それは誠に結構なことじゃ。夕餉(ゆうげ)は佐吉に用意させるで。明日も楽しみじゃのう。弥三郎さんから、いったい、次はどんな話が飛び出してくるか。」


「先に申した通り、拙者、尾張一統の大役を果たしあとは、特に大きな働き、しておりませぬ。これからあとは、ひどく退屈な話になりかねませぬが。」

弥三郎が苦笑しながら言ったが、秀吉はそれを鼻で(わら)った。

「ふっ、今さら、誰がそんな戯言(ざれごと)信じるかよ!実は、あんたが常に総見院様の影にいて、何事か重要な役を果たしておったことは、うすうす勘づいてはいたんだがよ。弥三郎さん、あんた、儂が思うていたより、(はるか)とんでもない(・・・・・・)人じゃった!明日は、そのあたり全部教えてもらうぜえ、覚悟せい。」


そうおどけて言うと、佐吉に促されるまま急ぎ座敷を出ていこうとした。だが、弥三郎は、ふと気づいたように手でその動きを制し、天下人の歩みを妨げた。

「おっ、と。大切なことを忘れておりました。このこと・・・このことだけは、本日の話の最後にぜひと申し上げておかなければ。いま(しば)し、ほんのいましばらくの間だけ、拙者の昔語りにお付き合い願えませぬか。」


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