第十三章 威圧 (三)
「勝三郎殿が入道し、勝入斎と名乗るようになったのは、その翌日からでござる。上総介様に御目通りを乞い、丸めた頭を深く垂れて跪かれました。上総介様は、ただにこにこと笑い、扇でその見慣れぬ禿頭をぴたぴたと叩いて上機嫌でした。」
祝弥三郎重正は、楽しそうに語った。
「勝三郎殿は、剃髪されるにはまだお若かったはずですが・・・事情を知らぬ者どもは、その真意を当時、大いに訝ったものでござる。が、やがてこの話が伝わって、みなひそやかに納得し、以降はただ沈黙するようになりました。」
秀吉と又助は、なにを言うこともできず、ただ渋面をつくって沈黙している。
しかし、やがて秀吉が言った。
「そういうことがあったのかよ。」
そして又助を見ながら、
「儂は知らなんだ。本当に、なんも知らなんだ。又助さんは?聞いたことあるか?」
又助はぎょろりとした目で秀吉を睨み、即座に大きく首を横に振った。
秀吉はそれを見ると、ひとつ大きなため息をつき、
「そうか、脅しは、効いたのじゃな。」
と言った。
弥三郎は、にっこりと頷きながらそれを肯定した。
「勝三郎様は、聡明な方でした。やや情に流されがちになる欠点はお持ちでしたが、それは勝入斎様が持つ魅力の、別の反面というべきでありましょう。このときも、説得を試みているうちに相手の丹羽に取り込まれるという重大な過ちを犯されましたが、警告を受けると、すぐさま前非を悔い、膝を屈して、尾張が再び戦乱に包まれる事態を未然に避けられたのです。」
「総見院様の乳兄弟でもあり、とりあえず命だけは拾ったということか。」
又助が首をすくめ、おそろしげに言った。
「よかったな。池田の一党も、皆殺しの目に遭わずに済んだ。」
「佐助だけは哀れでしたが。しかし、最初から奴は死すべき運命にあったのです。奴の首ひとつで、幾百幾千もの血が流れることを防げました。佐助の一族はその後、一色村から村をあげて手厚い保護を受けたはずでござる。まさに、善報と申すべきでござろう。」
と、その佐助の首をみずからの手で斬り落とした男は、こともなげに言いそえた。
「以降、池田勝入斎は織田家の忠実な部下として、総見院様に仕え続けたということじゃな。儂が初めて会うたのは、きっとそのすぐあとだ。清洲の城の下人として、転がるように両手をついてまかり出た。それが最初じゃ。それ以降、二十年かけて命を張り、ついに逆さまの立場になった。」
「そして、この小牧の役では、そのとき床にへえつくばってた筑前さんの先駆として、あえなくお討死。時の流れとは、残酷なものでござるな。儂は・・・素直に申すが、かつては筑前さんの急速な出頭に、心穏やかならざることもあった。しかし儂には、弓働き以外の、戦の采配や政を執る才は無かった。そんな儂がこの乱世で、いまから思えば安穏とした、まことによき生涯を送らせてもろうておる。ありがたいことじゃ。」
「そう、そう。お命を拾われたといえば、あとおひと方だけ。」
とつぜん思い出したように弥三郎が言った。秀吉と又助は目を瞠った。まだ居たのか!
「ご安心くだされ、この弥三郎が覚えておりまするのは、あとおひと方だけでございます。それも勝三郎様同様、はやめに改心なされ、惨劇となるを未然に防がれました。結末は、まことに結構な話でございます。」
「それは?」
秀吉が聞くと、弥三郎は即座に答えた。
「佐々内蔵助様。比良の城に拠られていた、佐々一族でござる。」
「なんだと!」
秀吉は大声を出し、その場でひっくり返らんばかりになった。




