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華闘記  作者: 早川隆
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第十三章  威圧  (一)

無事、足利将軍との会見を終えて一行が尾張に帰着したあと、奇妙な事件が起こった。


木曽の大河の手前に流れる支流、日光川のほとりにある大屋という村で、隣村から来た佐助という男が捕縛された。佐助が、大屋に住む甚兵衛という男の留守を狙って夜盗に入り、寝ていた女房がこれに組み付き、刀の鞘の一部をむしり取って証拠とし訴え出たと伝わるが、詳細はよくわからない。


なんとも不明瞭な成り行きのうち、ともかく、ことは大きくなった。やがて隣り合う両村の血の気の多い村人たちが、互いに武装して今にも争闘に及ばんとしたところ清洲の城から仲裁が入り、近くの山王社(さんのうしゃ)の境内で鉄火起請(てっかぎしょう)を行うことになった。


火起請(ひぎしょう)とは、一種の神明(しんめい)裁判である。両村の代表者に、それぞれ両端を火で炙った鉄の棒を素手で掴んで歩ませ、熱さに取り落とすまでの距離がより長いほうを、神意にかなっていると見なす。敗れた方には、神を欺く不埒者として、あとで過酷な罰が下されることが多かった。


もちろん神明裁判の常として、全ては茶番である。勝敗は裏で主催者により確定されており、渡される鉄棒の温度は、あらかじめこの筋書きに沿って調整されていた。


こうした茶番は、当時の自治組織同士の紛争の調停策としてよく使われた。水利の争いや境相論(さかいそうろん)など、武家としては正面から干渉し辛い惣村自治(そうそんじち)に関わる事柄を、なんとか流血なしに落着させるための形式的な便法であり、周辺の治安を維持するためのぎりぎりの知恵であるともいえる。


このときも、勝敗は決まっていた。訴えられた「盗人」こと、佐助の勝ちである。よって、敗者の甚兵衛は、勝手にありもせぬ被害を申し立てた(とが)で処刑されることになる。彼は、こうしたときに犠牲となるため、予め大屋村で飼われていた「解死人(げしにん)」であり、もとは素性不詳の流れ者であった。




いっぽう、隣村、一色村の佐助には、強力な後ろ盾があった。今や押しも押されもせぬ尾張の国主となって君臨する織田上総介信長の乳兄弟で、家内でも出世頭の池田勝三郎恒興その人である。佐助は、一色村の農夫でありながら池田の一党に出入りする若党でもあり、勝三郎に従い出陣した経験すらある。


すなわち今回の訴えは、彼ら池田一党にとり、いわば身内が盗人呼ばわりされるという、集団の名誉に関わる一件であった。そして清洲の城から遣わされ、この鉄火起請を取り仕切る任を受けた代官は、それらのことどもを忖度(そんたく)し、手回しよく大屋村の長の了解を取っていた。


長いものには巻かれ、解死人は死すべくして死す。その代わり、訴えを申し立てた彼の女房は、以降、解死人たることを免れ、村人のひとりとして暮らすことが許される。その原資はひそかに清洲から村に給され、また、一色より水利権がひとつ、誰にもわからぬようこっそりと大屋村に譲り渡される。


これにて、一件落着である。代官はほっと胸を撫で下ろしながら、眼前にいる、神意により死すべき運命の男が、汗びっしょりになりながらぶるぶると震え、真っ赤に()けた鉄棒を両手に掴んで持ち運ぶのを見ていた。


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