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華闘記  作者: 早川隆
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第十二章  暗殺者  (五)

「総見院様は・・・いや、当時は上総介様でしたが、御命を奪わんと追って来たこの不埒(ふらち)な暗殺者どもに対し実に寛大でした。なんと彼ら全員が、いったん落としたも同然の命を拾うことになったのでございます。」

しかし弥三郎は、意外なことを言い出した。


「これは、拙者としても思いもよらぬことでございました。もちろん、上総介様のもとへまかり出るなり、金森五郎八殿がやにわに(・・・・)がばと平伏して、涙ながらに彼の同国人たちに対する寛大な処置を乞うたこともございます。」

にっこりと笑い、そして続けた。


「しかし上総介様はもとから上機嫌で、むしろ久闊(きゅうかつ)を叙すがごとく才蔵に酒を振る舞い、興味深げに彼らの暗殺計画の詳細をお聞きになりました。そしてその涼やかな覚悟を褒め、その場で手ずから才蔵の縄をとき、軽く背中を押して釈放したのでございます。」


「なんじゃって!」

「蛸薬師で縄を打たれた者ども全員も、お咎めなし。ただ得物だけを奪い、その場から美濃へ帰せ。帰れぬと言う者あらば、どこへなりとも好きに散らせよ。以上が、その際の上総介様のお下知でございます。」


「にわかには、信じられぬ。総見院様は、そのように甘いお人ではねえ。まあ、(はえ)ある守護任官の前に、美濃者と尾張者が都の辻でいきなり刃傷沙汰というのも、聞こえが悪いかもしれねえ。きっとそのあたりを(おもんぱか)られたのではなかろうか。」

又助は言った。


だが、秀吉は別の感想を持っていた。

「いやいや、実に総見院様らしいでよ。もう尾張一統は成り、こいつら見せしめに殺す必要もにゃあで。早贄(はやにえ)にして、どっかの枝だか(とげ)だかに首を架けとく必要もねえ。むしろ命さ助けて美濃へ返して、こちらの余裕を示したほうが、のちのち有利になると算盤(そろばん)を弾かれたのじゃろ。それに・・・。」


「それに?」

珍しく、弥三郎が秀吉に先を促した。柔らかな笑顔である。

「それに、総見院様には、なんだか暖けえところがあるんじゃ。おそば近くに寄れたときだけ。ほんの時々じゃが、確かにそうと感じることができる。もしかしたら、あのひどくおっかねえなり(・・)は、ただなりだけで、中身の総見院様は、ああじゃねえ。そう思えることがあるんじゃ。」


秀吉は、一気呵成に言葉を続ける。

「もちろん、はかない幻じゃ。いっとき優しく、そして暖かくとも、すぐと元の総見院様に戻る。あの峻厳でおっかねえ織田右府(うふ)、六天魔王の信長に。」

秀吉は、もはやこの世におらぬ旧主の影に、なおも怯えるように首をすくめ、言った。




「なるほど・・・それは、おそばに寄れもしねえ、拙者ごときうだつのあがらぬ軽輩には、とてもわからぬ話だて。」

又助が、頭をかきかき言った。部屋の空気がほぐれ、三人ともが笑った。


笑いが収まると、弥三郎がゆったりとした口調で言った。

「ともかくも、総見院様には余裕がございました。この見事なお裁きのあと、堂々と公方様に謁見し、無事に尾張守護たることをお認めいただきました。」


そして、悪戯っぽくニヤリと笑い、続けた。

「その際、都の辻で誰ともしれぬ荒くれ者と組み合い、洛中を騒がせてしまったことを、丁重にお詫びされたそうでござる。そのとき、公方様はただ苦虫を噛み潰したかのようなお顔であらせられたとか・・・拙者はそのまま総見院様の一行に加わり、京の町や堺などを周遊したあと、数日後に帰路につきました。いまや名実とも完全に我らがものとなった、この美しき、豊饒(ほうじょう)なる沃野(よくや)を目指して。」


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