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華闘記  作者: 早川隆
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第十二章  暗殺者  (三)

尋ねた男は、蓑笠に顔を沈めて船底を見つめ、ただ歯をがちがちと鳴らしながらこう言った。

身共(みども)は、三河の者でございます。尾張を通り抜けて参りました。なにしろ国じゅうがひどく乱れており、追剥野盗などに襲われぬよう、夜も眠らず気を張ってなんとか通り抜けました。あなた様のような強そうなお侍の近くに居ると、生き返った心地がいたします。」


「国主がだらしない故でござるよ。まこと、旅人には難儀なことですな。」

「まったくでございます。」


会話が途切れ、水主(かこ)が櫂をあやつるギイという音ばかりが響いた。




尋ねた男は、暗殺計画を丹羽源六氏勝との会話から察知して、急ぎ上総介のあとを追ってきた丹羽兵蔵こと祝弥三郎である。彼はそのまま目立たぬように下船すると、対岸で一行がとった宿に、金で手懐けた小僧を紛れ込ませ、風呂場で雑談させた。


この小僧は、よく頭が廻った。美濃の浪士どもの肉体のあちこちについた矢傷や刀疵を指してはその由来を尋ね、説明されるといちいちひどく感心して、歴戦の男どもの気を良くさせた。


そして相手を素裸の子供と侮り、彼らが受けている密命について、つい口を滑らせた。とある「高貴な(おん)かた」の許しを得ている義挙だ、とも。


優秀な密偵の活躍で、恐るべき暗殺計画の全貌を把握した弥三郎は、この小僧を急ぎ二里ほど先の京へと走らせ、すでに上京(かみぎょう)に滞在していた上総介一行へまず警報を発した。


次いで暗殺者の一行を追尾しつつ、彼らが二条蛸薬師(たこやくし)の近くの旅籠に入ったのを見届けると、念のため門柱に目印の刀疵をつけ、そのあとから上総介のもとへ出頭した。将軍は、すでに美濃に抱きこまれている。この震撼すべき確報を伝え、すでに完全武装していた上総介と近臣どもを伴って蛸薬師へと戻り、静かに旅籠を包囲した。


弥三郎は、金森五郎八(かなもりごろはち)という男ひとりだけを伴い、そのまま暖簾を潜って、堂々と暗殺者の一行に面会を申し入れた。




二人の顔をみて、美濃から来た男どものうち半分ほどが、凍りついたかのように動きを止めた。


まず、湖水を渡る船の上で、弥三郎と会話を交わした者。そして、五郎八の顔を知るすべての者ども。五郎八の父は、尾張に流れてくる前、美濃土岐氏に仕えていた過去がある。現在でも国境を(また)いだ人の行き来があり、金森五郎八を知る者が、一行のなかに何人も居たのである。


五郎八は、腹にずしと響く低い声で、静かに言った。

「遠路はるばるご苦労なことである。昔の馴染みも大勢おるのう。たいへんに愉快なことじゃ。明日、我らが主の上総介のもとへ、みな挨拶に参られよ。」


脅しである。

その言葉とともに、旅籠を囲んだ一団の気配が外から伝わった。


「良いか、必ず来るのだぞ!」

この瞬間、彼らの暗殺計画は完全に破綻したといえる。かたく手に握りしめていた得物を、誰かがカラリと前へ投げ捨てた。それをきっかけに、五郎八に気圧(けお)された美濃勢は次々と自ら武装解除し、苦々しい顔をしながら座り込み、この暗殺計画からの離脱を無言のうちに態度で示した。


やがてその場にいたほぼ全員が座り込んだ。だが、最後にただ一人残った強情者が、すっくと立ちつくし、まだ烈々とした闘志を(たぎ)らせている。彼は、この一団を引率する首魁(しゅかい)だった。


そしてその顔を見、今度は弥三郎が驚愕した。


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