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華闘記  作者: 早川隆
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第十一章  早贄  (四)

織田勘十郎信行の首は、早贄(はやにえ)として清洲城外に(さら)され、周辺諸勢力を畏怖させた。


身内をも情容赦なく粛清したことで、上総介の精神の強靭さと烈々たる尾張統一への意思は、遠近(おちこち)にあまねく伝わった。同盟の旗印たる信行を失い、また武威の中核・柴田権六勝家と知恵袋の津々木蔵人を同時に弾正忠側に奪われた反信長勢力は震え上がり、やがて相互に統制の取れぬバラバラの動きを示すようになった。


それまでどの勢力ともつかず離れずの関係を保っていた犬山の織田信清が、まず弾正忠家に屈服した。一連の謀略の背後に居た美濃斎藤氏も、隣国の王の意外な手強さを考慮して、徐々にこの策動から距離を置くようになった。土田御前は、自らがもっとも愛した息子の死に狂乱状態となったが、すでに周囲に味方は誰も居らず、乳母の乳首を(かじ)り取る奇矯(ききょう)な長子に抗する(すべ)をこれ以上に持たなかった。


そして、周囲から全く孤立した北四郡の主・岩倉織田氏では、一族に内紛が起こった。岩倉城に()る伊勢守家の当主・織田信安(のぶやす)は嫡子と不仲で、次子にあとを継がせようとするが、怒った嫡子・信賢(のぶかた)にかえって次子ともども追放されてしまう。家臣団は二派に別れ、尾張の北四郡に威を張る岩倉織田は、その戦力を半減させた。


頃はよしと()った上総介信長は、いまや味方となった犬山織田氏の援軍とあわせ、敵と同数の三千名を揃え、堂々と岩倉へと押し出した。距離はわずか二里足らず。しかし信長は、正面からの城攻めは避け、まるで城方を挑発するように前面を迂回し、そのまま背後の浮野の野に布陣した。


浮野と岩倉の間の、浅野という村に在していた林弥七郎という武者は、かつて稲生の合戦で信長に討ち取られた林美作守の縁者で、いまだ弾正忠家にて隠然たる勢力を誇る林秀貞とも遠い血の繋がりがあったが、伊勢守側として参戦し、数名の勇敢な郎党どもと共に、勝手知ったる林間の起伏を巧みに縫っては移動しつつ正確に矢を射掛け、弾正忠側の兵力を少しづつ削り取っていった。


手負いの続出にたまりかねた弾正忠軍では、南四郡の豊富な資金力で新たに買い入れた鉄砲隊を使って、このしぶとい遊撃隊を追撃した。(おさ)は、上総介信長の撃ち方指南を務める橋本一巴(いっぱ)である。一巴はすでに、自分が追う相手のことを知っていた。遠目に逃げる旧知の友の背中を見て、彼は大声でこう呼び掛けた。


「弥七郎、もはや逃げられぬぞ!」

そう言うや火蓋を切って一弾を放ち、その大音響で駆け去る多くの雑兵どもの足を(すく)ませた。


もはや自隊が敵方に捕捉されたことを悟った弥七郎は、

「そんなことは、わかっている!」

と言いざま振り返って、四寸ほどもある長い矢尻を着装した矢を放ち、みごとに一巴の脇の下へ命中させた。衝撃でもんどり打ちそうになった一巴はそれをこらえ、すかさず、すでに持ち替えていた装填済の別銃を放ち、弾丸は空中で二つに割れて、うち一弾が弥七郎の腹に命中した。


一巴の鉄砲隊を護衛し、共に駆けていた上総介信長の小姓・佐脇(さわき)藤八郎良之が走り寄り、傷ついた弥七郎の息の根を止めようとしたが、彼はなおも闘うことを止めず、太刀を抜いて一閃させ、佐脇の左肘を鎧の小手ごと斬り落とした。しかし、激痛にめげず佐脇はこの強敵に組討ちを挑み、遂に首をあげたのである。


戦場西側の林間に響き渡ったこの小さな凱歌が、そのまま全軍の(とき)の声となり、意気上がる弾正忠軍は、挑発に応じて城外へと押し出して来ていた伊勢守軍に突撃し、破竹の勢いのまま、これを浮野の野において撃砕した。引き続く追撃戦で数知れぬほどの首級が上げられ、わずかな数の兵だけが岩倉城に逃げ込んだものの、もはや守護代・織田伊勢守家は、弾正忠家に抗すべき力をこの一日だけで完全に喪失してしまった。


彼らが最終的に敗北を認め、城を開いて降伏したのは、翌年三月のことである。四分五裂していた尾張の統一が成り、織田上総介信長は、遂にこの地で絶対的な覇権を打ち立てたのである。


彼の実弟の首が、早贄として清洲城外に晒されてから、一年半ほどのちのことであった。

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