第十一章 早贄 (三)
織田勘十郎信行は、弘治三年十一月二日、清洲城 北櫓 ・次の間で誅殺された。
その日、寵臣の津々木蔵人と連れ立って騎乗し、なんの前触れもなく清洲城を訪った信行は、特に怪しまれることもなくするすると次の間まで案内され、そこで兄が来るのを待った。
「起き上がれぬほどの重病、と林の手の者に聞いたが。」
信行は、薄暗がりの中で二人だけになったのを見計らい、隣の蔵人に言った。
蔵人は、ニヤリとして答えた。
「やがて雌雄を決すべき我らに、己の弱ったさまを見せられぬと思うたのでしょう。斯様に暗き部屋にて会見するのも、窶れた様を誤魔化すためでございます。その田舎芝居、篤と観てやりましょう。」
やがて、がらりと障子が引かれ、腰に太刀を帯びた厳しい武者が現れた。
「これは、与四郎殿ではないか。久しいのう。」
信行は言った。川尻与四郎秀隆という名の、その武者とは旧知の間柄だった。彼は、元は清洲の大和守家に仕える身であったが、そのあとを襲った弾正忠家へと鞍替えした男である。
信行に声をかけられてもなお、与四郎は表情を変えず、座についた二人を上から見下ろして微動だにしない。異常を察知した信行が思わず畳に置いた刀に手をかけようとしたが、あるはずの鞘がそこには無かった。脇を見ると、横にいた蔵人の姿も消えていた。
「勘十郎様。」
勘十郎の真後ろへ廻った蔵人が、立ち膝でにじり寄り、短刀の鋒をぴたぴたと首筋に当てこう囁いた。
「百舌狩の秘訣は、何であったかの?」
「なに?」
「獲物を狩った百舌を、枳殻の枝へと呼び寄せるための誘い手じゃ。かつて、百舌を操る鷹匠として、この秘伝をお教えしたであろう。ただの小さき鳥が大きな獲物を仕留め、ずたずたに引き裂いたかとて、ただそれだけでは人目を魅くことできぬ。早贄の習性を活かし、こちらの備えた枳殻まで百舌を誘う。そのために使うたものじゃ。尾張ではただ、儂とそなただけが知る、狩の秘訣じゃ。」
「蔵人、どうした?いったい、お主は何を言い出すのじゃ!」
勘十郎は、勘の良い男であった。この時点ですべてを悟り、そして泣きそうな顔で言った。
「螺鈿じゃ・・・青貝じゃ。お主に、そう教えられた。」
「その通り。」
蔵人は、片手で後ろから勘十郎のすべすべした頬を撫で、耳元で囁くように言った。
「砕いた青貝は、陽の光を弾き、まるで宝玉のようにきらきらと輝く。百舌は、それに魅せられる。そしてその光の元に・・・我々の誂えた枳殻の刺に、せっせと裂いた獲物を運んでくる。」
「そして突き刺す。」
川尻が引き取り、やにわに抜刀して勘十郎の左胸を差し貫いた。犠牲者の命の灯火は瞬時に消え、小ぶりな頭部が、前のめりにがくりと落ちた。蔵人はそれを後ろから優しく受け止め、ゆっくりと抱き抱え、さも愛しそうに鬢を撫ぜてから畳に横たえた。
すると、川尻の刀は自然に抜け、あとから大量の鮮血が噴き出した。しかし、薄暗がりの中ゆえ、それが畳を汚す様子は、よくは見えなかった。川尻はしかめっ面のまま刀の血を払い、懐紙でひと拭きしたあと、鞘にしまいながら蔵人に聞いた。
「青貝、とは何のことでござる?弥次右衛門殿。」
「その名はもう口にするな。梁田はもはやこの世におらぬ。いま在るは、ただ津々木蔵人じゃ。」
「おっと、これは失礼。二度と申さぬ。」
川尻は、ニヤリとした。
「青貝とは、南蛮渡来の螺鈿細工に使われるものじゃ。遠き異国の海辺にて採れるという珍しい貝殻で、細かく砕くと、砕いたそれぞれがきらきらと輝く。輝きは無数に重なり、百舌の興味を魅く。儂はそれを使って、珍しい百舌狩の秘伝を編み出した。」
「なるほど・・・面白そうじゃ。儂も退隠したのちは、百舌匠にでも成るか。狩ることよりも、見せつけることを主眼とする見せ物でござるな。」
川尻は、いま自身で実行した陰惨な殺戮行為の残味を紛らわせるために言ったのだが、蔵人のほうでは、この無骨な武辺者の感性の鋭敏さに、とても強い印象を受けたようだった。
「まさにその通り。それこそが狩の本質だ。どう見せつけ、どう感じさせるか。ただ残酷なだけでは駄目だ。酷く、美しくなければならぬ。そして凄味と。それができれば、良い狩だ。」
「なるほど。教えられ申した、蔵人殿。それでは今夜の狩は、まずまず上首尾ということだな。」
「それは、これから次第だ。あとは頼むぞ。」
言い終わると、津々木蔵人はからりと信行の刀をうち捨て、そのまま悠然と北櫓を去った。
注:織田信行の誅殺の時期については諸説あり、現在では信長公記に記載されている永禄元年(1558年)11月2日説が有力とのことですが、本作においては物語の流れを重視し、その前年、弘治三年(1557年)説を採用しました。




