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華闘記  作者: 早川隆
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第十一章  早贄  (二)

織田上総介信長と、津々木蔵人こと祝弥三郎重正の煽りに乗った勘十郎信行は、国主の庶兄・織田信広の裏切りによって清洲城中が大混乱に陥り、あの傲岸不遜な兄・上総介までが精神を弱らせて伏せっているという内部からの密報を得て、またも行動を起こした。


密報というのは、かつて稲生原の戦いでは勘十郎に従い兵を出した、織田弾正忠家累代の筆頭重臣・林秀貞からのものである。彼は、稲生での敗北後にすかさず詫びを入れて赦され、清洲ではまたもとのように復権していたものの、裏では相変わらず末盛と連絡を持ち、しばしば城中の様子などを報じて来ていた。


しかし、これもまた罠だった。秀貞は、林家の領地保全、自らの助命復権と引き換えに、勘十郎の命をすでに売っていたのである。


この林からの報に、またとない復仇の機会と(はや)りたった勘十郎は、以前にも横領を企てた庄内川北岸の篠木郷や柏木郷などに兵を出し、恒久的に占領しようと画策した。この地域は、半独立勢力の犬山織田家の領域を挟んで、美濃、さらに岩倉へと連絡をつけるために必要な道筋であった。そしてまたそれは、兄に対する堂々たる再戦の布告にもなるであろう。


ここを押さえ、竜泉寺、守山、末盛と南北に連なる一連の城塞線が一斉蜂起し、東から岩崎が背後を支援することになれば、尾張南四郡を首尾よく制して得意満面の兄は、自分が逆に北と東から圧迫され、完全に孤立しているのに気づくことになる。事前に有力な外部勢力と連携し、有利な地歩を占めた上での、万全の計画であった。日和見を決め込む中小の国人どもは、これを見て一斉に信行方へと奔り、南四郡は戦わずして我がものとなろう。粗衣を着て跪き、哀れみを乞うのは、次は兄の番である。


しかしあろうことか、今度は、勘十郎の忠良な重臣・柴田権六勝家がこの動きを清洲へと急報し、計画は事前に露見した。もちろん、権六を調略し清洲方にしていたのは、津々木蔵人である。


こうして、数多の裏切りと詐術と扇動が積み重ねられ、時は満ちた。

誅殺を断行する頃合いであった。




蔵人は、その日も竜泉寺砦の奥にしつらえた御殿の(ねや)にて勘十郎のすべすべとした身体を抱き、香を焚き染めた夜具の心地よい香りを嗅いだ。そして若人特有の、少し乳臭い、しかしとても甘やかな汗を舌で舐めとって、ひとしきり極上の愉悦に浸ったあと、耳元で吐息とともに進言した。


今宵は、月がとても綺麗でございます。


これから病気見舞いと称し、二人で清洲城中を物見に参りましょう。かつて愛していた弟君 (喜六郎秀孝)が無念にも射殺された河原を眺め、恨みを呑んでまだあたりに漂うその魂魄(こんぱく)(しず)め、月あかりのもと、墨染の粗衣に身を包んで歩んだ屈辱の道を堂々と騎行して清洲に入り、あの憎き、憎きうつけの顔を、最後に一度だけ、目に焼き付けておきましょう。


林からの密報によれば、あの傲岸不遜(ごうがんふそん)な男はひどく痩せ細り、精気を失い、いまでは見るも無残な有様とか。その無様な醜き姿を眺め、楽しんでやりましょう。彼奴(きゃつ)のおかげで一旦は煮湯を飲まされましたが、最後に勝つのはやはり我らです。この美しい容貌としなやかな身体、そして群を抜いた(はかりごと)を操る、全能の我ら二人なのです。


我らこそ、清洲を我がものとし、尾張全体に覇を唱えるべき、選ばれた存在なのです。あなたと私とで、いつまでもいつまでも、この肥沃で豊かな国を支配し、意のままに兵を操り、外敵を討ち果たすのです・・・私は、常にあなたのお側に控えております。


愛する男が生温かい息を吐きながら(ささや)く、その甘い言葉にうっとりとし、もうすぐ(にえ)として枳殻(からたち)(とげ)に掛けられる運命の貴公子は、素裸のまま、素直にこくりと頷いた。

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