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華闘記  作者: 早川隆
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第十一章  早贄  (一)

早贄(はやにえ)、ってなんじゃい?」

秀吉が、やや声を震わせながら聞いた。


「先ほど、津々木蔵人が勘十郎殿に示した百舌の狩のやり方でござる。百舌は、狩った獲物を、その場で丸ごと平らげることはありません。とりあえず腹が満ちるぶんだけをつついてまず愉しみ、そして残りを(くわ)えて運び去り、手近な刺や枝などに刺して、あたかもこれを誰かへ見せ付けるように放置するのです。」


「それは、なぜじゃい?後々のためにとっておくのか?」

「百舌のごとき、ただ殺戮することだけが能のような小鳥に、明日のため糧を残そうなどという知恵はございませぬ。長年、鷹の(そば)で百舌を雛から育てているうちに気付いたのですが、これは、狩った獲物の(むくろ)を自らの縄張りの境界近くに掛けておき、他の百舌に餌場を侵犯されないための、いわば脅かしなのでござる。そしてそれを人は、百舌の早贄、と称しておるのでございまする。」


枳殻からたちの枝は、その早贄を刺して見せつけておくには、まさにおあつらえ向きじゃな。」

又助が言った。

「まるで、野に生える自然(あるがまま)磔柱(たくちゅう)のようじゃわい。」


それを聞き、上座で秀吉は思わず顔をしかめた。彼自身が命じ、磔柱に掛けた敵や串刺しにした子供の姿などを思い出したためである。そうか、自分はまるで百舌と同じことをしていたのだな。そして、そんな悪鬼羅刹(あっきらせつ)のような所業を繰り返しては生き残り、身内と配下に飯を喰わせ、なんとかここまでのし上がってきた。


ただ、儂は自らの意思でそうしたのではない、お屋形様、あの冷酷な総見院様のご意向を汲み、その厳然たる強い決意を新占領地の国人どもに、民草に、寺社や公家どもに知らしめてやっただけだ。儂に選択肢は与えられていなかった。ただ、そうするしかなかった。そうしなければ・・・。




そんなとりとめのない秀吉の想念は、引き続く弥三郎の言葉で中断させられた。

「織田勘十郎信行を、北四郡の岩倉勢とともにまとめて叩き潰し、その首を引きちぎって枳殻(からたち)の枝へと掛け、美濃と駿河に、尾張の不退転の決意を示すのです。それが、我々のまず為すべきことでした。勘十郎を狩れば、彼を走狗として使い尾張を撹乱(かくらん)する美濃は、ただ沈黙するばかりとなるでしょう。そしてその一連の処置が決然として滞りなく、また冷酷であればあるほど、それすなわち駿河に対する無言の威圧になるのです。」


「そして、局面が大きく動き出した・・。」

「予想通り、彼奴らが相次いで動き出しました。しかし一連の攻撃の嚆矢(こうし)となったのは、敵に内通した総見院様の庶兄・信広様でした。まずは美濃勢と示し合わせて一隊に国境地帯を荒らさせ、慌てて迎撃に出る本軍不在の隙を衝き、清洲の城を悠々と乗っ取る策略でしたが、これはうまくいきませんでした。なぜなら、信広様の内通はいわば偽降で、あらかじめ我らと示し合わせたもの。」


「またか。弥三郎さんの話を聞いてると、いったい誰が敵で味方か、よくわからなくなるの。」

又助は、呆れたように笑った。弥三郎は微笑を返して、続けた。

「よって、信広様の策はあらかじめ我らも承知済であり、清洲には本軍がそのまま残置され、この策は未遂に終わったように見せかけられました。そして我らの策の勘所は、むしろそれに連動し牽制攻撃のため美濃勢が動く、というところであったのです。彼らが動けば、たとえそれが本気の侵攻作戦でなくとも、末盛と岩倉には大いなる重圧となります。」


「たしかに、それはそうじゃ。同盟相手のはずの美濃軍が動き、結果、信広様だけに清洲を奪う偉功を立てさせてしまうと、尾張奪取後の力関係がまた、ややこしくなるからの。」

秀吉が言った。


「そのとおりです。筋書きでは信長打倒、尾張簒奪(さんだつ)の主役はあくまで勘十郎様。それを支援し、従来の上四郡だけでなく、下四郡における影響力までをも手に入れんと図るのが岩倉。その甘い甘い果実を、横合いから出てきた妾腹の新顔にすべて奪われてしまっては(たま)りません。それまで慎重に真意を隠して完黙していた勘十郎様は、このことをきっかけに、にわかに叛意を剥き出しにして参りました。」


「なるほど!またも敵をうまく煽ったわけじゃな。」

天下人は、そう言ってニヤリと笑った。弥三郎は続けた。

「いずれ戦うことになるのは、自明のことでした。しかし、彼らになるべく時を与えず、末盛と岩倉が充分に連携する前に個別に叩いてしまうことこそが肝要でございます。信広様の偽降は、そのために敢えてこちらから切る種子島の火蓋のようなものでした。」


「どこまでも、周到な。」

秀吉も又助も、もはや呆れたように唸るばかりだった。

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