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華闘記  作者: 早川隆
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第十章  使嗾  (四)

「するとよ。」

ふと、秀吉が気づいた。

「あの守山のいくさ騒ぎの発端、喜六郎様が河原で洲賀才蔵に射殺された一件も、ひょっとして・・・いや、さすがにそれは違うじゃろうの!総見院様にとっては、実の弟君。しかも同腹(どうふく)じゃ。」


弥三郎はそれを聞くと、フッと笑い、その涼やかな目を畳に落とした。先ほどまで、朽木のように(しな)びていた痩せぎすの老人の(はだ)に、なぜか血の気が通い、そこはかとなく艶々しくなっている。


「いや、それはあるめえ。いくらなんでもな。な、そうじゃろ?そうじゃろ?弥三郎さんよ。儂の考えすぎじゃと言うてくれ!まさかよ、総見院様が実の弟君を、それもまだ若くて罪もない弟御を騙し討ちして有無を言わさず殺しちまうなんてよ。しかも、それを皮切りにあちこちに罠を仕掛けて、別の弟御を追い詰めて、討ち取ってしまうなんてよ!あるわけがねえ、いくらなんでも、そんな酷いこと。な、あれは事故じゃろ?裏はないのじゃろ!事故じゃと言うてくれ。」




「洲賀才蔵は、眉目秀麗で弓に()けた武士でございました。」

弥三郎は、まるで(すが)りつくような秀吉の哀願を悠然と無視した。そして言った。

「日頃は守山城下に起居しておりましたが、その弓の腕を買われ、清洲にも、末盛にも、那古野にも、あちこちに()ばれて織田家や、重臣がたに弓術を指南しておりました。」


そしてゆっくりと又助のほうを見やった。目が合ったあと、観念して又助が続け、秀吉に説明した。

「洲賀才蔵は、まさに当時、尾張きっての弓術の大家。拙者も弓は()く扱えますが、拙者のそれは、戦場(いくさば)で近くに現れる敵に向け続けざまに放つ、いわば速射の弓術。遠くを狙って弓を絞り、小さな的に当てる本来の弓術に関しては、とても当時の才蔵の腕前には(かな)い申さぬ。そんな才蔵が、いくら出会頭(であいがしら)の事故とはいえ、誤って喜六郎様に矢を当ててしまうとは、たしかに不自然きわまりない怪事でござる。」


「又助さんも、知ってたのかよ。洲賀のことを。」

「さよう。直接の面識はありませんが、何度か遠目に見かけたあの弓術の巧みさは、忘れようにも忘れられませぬ。そんな男が、当時、よりにもよって喜六郎様を誤って射殺すとは、一体どうしたことかと清洲の城中で不思議に思ったものでござる。しかし当人はその場から逐電したまま行方知れず。信次様は戻られましたが、洲賀の行方はその後、(よう)として知れませぬ。拙者も、それきり忘れてしまっておりました。」




「そうか・・・やはりそうだったのか。なんてこっちゃい。要するに洲賀才蔵は、弥三郎さん同様の仕事をしとった、手練(てだ)れの曲者だったというわけじゃな。そして、弓術指南を名目に、まだ世の(けが)れをお知りにならぬ喜六郎様に近づき、なんらかの甘言を弄して、あの日、ただ一騎で河原に来るよう誘いをかけたんじゃ!」


「そして、自ら射殺(いころ)した・・・。」

茫然としながら、又助が続けた。


「そん通りじゃい!つまりこれは、最初っから総見院様の競争相手となる弟御おふたりを、尾張国内の敵対勢力ごと根こそぎにして打ち倒す、どえりゃあ謀略だったんだて!そして、弥三郎さん、あんた、その尖兵(せんぺい)として、別人になりすまして敵中深く斬り込んでいったわけじゃ。そして、まず(ねや)を攻め崩して、敵の大将の尻の穴から順に討ち取っていったんじゃ。そうじゃろ!この筑前守の見立て、図星じゃろ?」


秀吉はそう言って、少し畏敬の念を込めたような目で、目の前に座る痩せた老人を見た。祝弥三郎重正は、ただゆったりと笑い、無言のうちにその天下人の言葉を肯定した。

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