第十章 使嗾 (三)
「勘十郎様と喜六郎様は、いずれも見目麗しく、才智に優れ、また互いに仲睦まじいご兄弟でございました。にも関わらず、守山の手の者に討たれた弟君の仇を報ずることできず。また、その変事の責任者であった織田信次殿が逐電されたあとの後任人事にも参画できずに蚊帳の外。そして、あろうことか、新たに入場された織田信時殿が角田新五に討たれたあと、兄君は、よりにもよって他国を流れていた信次様を召し出して、再び城主の座につけるという挙に出られたのです。」
「勘十郎様としては、お立場が無いの。面目丸つぶれじゃ。」
又助が同情するように言った。
「もちろんこれは、そうした勘十郎様の心情を読み切った、兄君の策略でございます。」
「実に巧みな挑発じゃな。さすがの一言じゃ。そして、それを主導したのは、ずっと勘十郎様ご本人のお膝元に控えていた弥三郎さん、あんたに違えねえ・・・実に悪辣じゃ。だが、見事じゃ!」
又助とは違い、覇王はひたすら感極まったように眼前の弥三郎を褒め称えた。
「もちろん、竜泉寺に砦を構えたは、ただ単に松川での遺恨の当てつけだけではありません。そこから庄内川を渡れば、当時、清洲にも末盛にも岩倉にもまつろわぬ独立勢力として威を張っていたここ犬山の勢力圏内でございます。犬山の織田家は当時、すぐ背後に控える斎藤と昵懇。すなわち、竜泉寺に砦を築くことは、末盛の勘十郎様が、誰にも邪魔されず美濃と連絡をつけられるということを意味します。」
「そして、義龍が仲立ちをして、岩倉と勘十郎様を結びつけたというわけか。そうやって、また尾張が上下に分かれて乱れてくれれば、なるほど、美濃にとってはどこまでも好都合じゃわい!」
「しかし、総見院様と弥三郎さんが一枚上手じゃった。そうなることを見越して、いや、敢えてそうなるように事を仕向けて行った。」
秀吉に較べれば察しの悪い又助が、ここでようやく話に追いついてきた。秀吉はニヤリと笑って大きく頷き、弥三郎に話の続きを促した。
「美濃とのやりとりの内容は、実は、手前どもには筒抜けでした。間に占位する守山の城に、我らの息のかかった勢力がおり、竜泉寺砦から中継される美濃からの密報は、末盛城の勘十郎様の手元に届く頃には、既に我らの知るところとなっていたからでございます。」
「息がかかっとった勢力いうんは、もちろん、信次様じゃろ?」
秀吉が、きょとんとした顔で言ったが、弥三郎は黙って首を横に振った。
「他国に逐電されていた信次様は、そのとき手元になんら配下も軍勢もお持ちではございません。勘十郎様を挑発するため、いわばお飾りの城主として総見院様に送り込まれていただけのこと。その時、実質的に守山を差配していたのは・・・。」
「丹羽!」
秀吉と又助が、同時に声をあげた。
「さよう。丹羽源六氏勝殿でござる。遠く岩崎城からわざわざ援軍を寄せ、いまにも清洲と末盛に挟み撃ちで皆殺しにされようとしていた守山城に駆けつけたは、単なる義心に非ず。あらかじめ我らと示し合わせた上での、予定の行動でござった。」
「なんてえ、遠慮深謀じゃ!」
秀吉は、大きな声を上げた。耳をすませてずっと話に聞き入っていた彼方の崔槌頭が、ビクッとして眉をあげるのが見えた。
「呆れかえりゃあ!なんじゃ、そりゃ!ならよ、そもそも何年も前の守山を巡るいくさ騒ぎからして、あんたたちの筋書き通りだったというわけじゃにゃあか!」
それを聞くと、弥三郎は、どこか艶のあるなまめかしい視線を送って、覇王に向かいニコッと笑いかけた。
又助はその笑顔を真横で目撃し、なぜか背筋がぞくりとするのを感じた。




