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華闘記  作者: 早川隆
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第十章  使嗾  (二)

「二年かそこいらの間だけ、か。そん時、儂はどこで何をしとったかいのう。あまりにも惨めな境遇で、もう、思い出しとうもないわ。」

秀吉は皺だらけの顔で笑った。そして少し真面目な目になり、弥三郎に尋ねた。

「で、そのつかの間の平和にも、なにか裏の意味があったのじゃろ?」


「まったくもって、その通りにござる。」

弥三郎は、今度こそ感じいったように大きく頷きながら答えた。

「勘十郎様とその周辺が、いつかまた()ち、清洲に(やいば)を向けてくることは、わかっておりました。それを操るのは、末盛勢の背後に居る、隣国の思惑でござる。」


「美濃か。」

又助が言った。弥三郎は頷いた。

「隣国を統べる斎藤義龍(よしたつ)殿は、覇気に満ちた、英明な君主でございました。実の父君を弑逆(しいぎゃく)したあとにも関わらず、国衆をしっかりとまとめ、美濃は大きく乱れず、総見院様にとりては不気味な頭痛の種でございました。」


今度は秀吉が聞いた。

津々木蔵人(つづきくらんど)は、引き続き勘十郎様に支え続けたのじゃな。すなわち、総見院様はあんたの目を通じて、美濃と末盛との連絡をずっと監視し続けておった、いうことじゃろ?」

「いかにも。」

「何を、待っておったのじゃ?」


「美濃の使嗾(しそう)により、末盛が岩倉と手を組むのを、総見院様はじっと待っておられたのです。」

「なるほど・・・そこで一気に尾張の北半分を大掃除、か。」

秀吉は唸った。岩倉城には、尾張国の上四郡を統べる守護代・織田信安(のぶやす)が、どの勢力にも与せず、凄絶な内訌(ないこう)を繰り返す下四郡の形勢をただじっと注視している。だが、地勢的にも近く、岩倉と美濃の通交は頻繁であった。


「まさにその通り。そして、翌年より徐々にそうした動きが出てまいりました。勘十郎様は、亡くなられた喜六郎 (英孝)様と同様、見目麗しく、また人の心を捉える華のようなものをお持ちでした。いつしか勘十郎様のまわりに人が集まり、北方に大勢力を保持する岩倉と組んで兄君に復仇する機運が生まれ(いで)てまいりました。」

「そして、その背後には、美濃が。」

「まさにその通り。清洲としてはいつまでも放置してはおけぬ、油断ならぬ状況でございます。」


「で、どのように対抗したのじゃ?勘十郎様のお膝元におられた、津々木蔵人殿は?」

又助が、からかうように尋ねた。弥三郎は、すかさず答えた。

「柴田権六殿を取り込みました。数ヶ月かけ、慎重に、ゆっくりと。」


「なるほど!股肱(ここう)の両将が、実は二人とも敵方に寝返っておるとは・・・あ、いや、すまねえ!弥三郎さん、あんたは(ころ)んだんではのうて、元から策として敵の内部に食い込んでおったんだの。」

秀吉が笑いながら、頭をかきかき言った。先ほど見せたような悔しさはすでになく、どちらかというとこの凄まじい軍略を楽しんでいるかのような表情である。


「やがて、復仇の意思を固められた勘十郎様は、いまだ安らかならぬ守山の背後を監視するためと称し、清洲の許可を得て、竜泉寺に砦を築きはじめました。その築造場所はまさに、先年、喜六郎様が誤射された、松川の渡しのたもとでございます。」

「なるほど。まだ、その一件が心に引っかかっておられたと見ゆるな。」

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