第九章 鷹匠 (二)
おお、という大きなどよめきが起こり、座敷中の家士たちがこの小さな殺戮者を指差して何事かガヤガヤと言い交わしはじめた。津々木は口に指を当ててそれを制止させ、今度は右手で合図すると、一人の童女が、何やら大きな木の枝のようなものを手に捧げて御前に上がって来た。それはあちこち湾曲し、鋭く長い刺がほうぼうに突き出た禍々しい枝で、根元だけ加工され、床につけて置くことができるようになっている。
童女はそれを床の上に据え、その傍らでいったん信行に拝跪し、終えるとトコトコと足を踏み鳴らして下がっていった。
「そは、枳殻の枝か?」
信行は上座から、訝しそうに聞いた。
「まさしく。枳殻でございます。この枝振りは特によく、あちこち刺が出て、手に持つだけでも危のうございます。」
「それを以て、なんといたす?」
「まあ、ご覧くだされ。百舌の狩の見ものは、これからでございます。」
津々木は言い、丸めた指を唇につけて、ピイと鋭く指笛を鳴らした。すると、小鴨の屍体をズタズタに引き裂き、中の赤身の肉をうまそうに啄んでいた百舌がやにわに首をもたげ、とりあえずとばかり屍体の首から上だけを引き千切ると、それを咥えたまま飛翔し、津々木の前にふわりと降り立った。
津々木は、無言で床に据えた枳殻の枝のほうを指差した。しばらく首をきょろきょろさせていた百舌は、やがて指示を了解したのか小さく羽ばたいて宙に浮かび、口に咥えた小鴨の頸を、そのまま枳殻の鋭い枝のひとつに突き刺した。
わずかに唸り声が聞こえ、万座がどよめいた。すると、そしらぬ顔で百舌は羽ばたき、また先ほどの水辺に戻って、いくつかに引き裂いた胴体の一部を咥えて戻ってくると、また同じように別の枝へとそれを突き刺した。四度戻って、ほぼ完全に獲物の身体を串刺しにし終えると、百舌は愛嬌のある顔でころりころりと鳴くと、津々木蔵人の掌の上へとポン、と載った。
黒光りするその嘴からは、まだ哀れな小鴨の肉片や臓物が垂れ下がり、血が細い糸を引いて板敷の床をわずかに汚していた。津々木は愛しそうに百舌の丸い頭を指で撫でると、信行に目を戻してこう言った。
「百舌は、その愛くるしい姿かたちから単なる小鳥と思われますが、その性質は獰猛、そして凶悪でございます。自らに倍する鳥をも襲い、地に叩き落とし、これをばらばらにして啄みます。百舌は、生まれながらにして無慈悲なる大空の闘士。その生き様は、さながら朱に塗れて戦い続ける武士のようでございます。」
「見た目には、とてもそうは思えぬが、な。」
いま見たものに深い感銘を受けた信行は、すでに先ほどの怒りをどこかに置き忘れたかのように言った。
「見事じゃ。たしかに見事な狩であった。」
「御城奥池の静謐を乱し、要らざる殺生をなした咎につきましては、何卒お目こぼしを。」
津々木蔵人は静かにそう願い、頭を下げた。
「しかしながら、ただ当たり前に優美なる鷹の姿かたちを御目にかけるよりも、こちらのほうが時宜を得た献上物かと思い定め申した。」
「そちは、何が言いたい?」
信行が、にやりとしながら聞いた。
「まるで儂に、この百舌から何かを学べ、と諭す軍師のような物言いじゃな。」
「拙者は、なにも。」
津々木は静かにそう答えて、百舌をまた小箱に入れ、蓋をその頭上に置いた。そして箱ごと信行に押しやり、「それでは、献上仕る。」とだけ言った。
津々木蔵人はそのまま数日城内に留め置かれ、それまで不在だった城中の鷹匠という名目上の地位を得て、織田勘十郎信行に仕えることになった。以降、彼ら二人は公然たる衆道の関係をとり結ぶようになる。まだ若く英明で果断な信行は、あからさまに津々木を家中にて優遇し、常に脇に侍らせてその意見を聞いた。
津々木も心得たもので、累代の重臣や先達には相応の礼を欠かさず接したため、大きな波風立つことなく彼は家中にて重きをなすようになる。もちろん、津々木はなにかにつけ有能で、その進言は常に的を射ており、的確だった。




