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華闘記  作者: 早川隆
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第一章  犬山へ (三)

やがて上り坂は尽き、一行は大きな御殿が横たわる主郭への入口に着いた。またも深い水濠が行く手を遮り、門扉までは細い土橋が設えてあって、その上で数十名もの番兵がこちらを待ち受けている。両脇に小高い丘が(そび)え、そして正面には、悠揚(ゆうよう)たる大河の流れが眼に飛び込んできた。


「木曽川でございます。我々は、岐阻(きそ)川とも呼んでおりまする。当城、北と西の(まも)りはこれを自然の濠となし、まさに万全の備え。」

またも警護隊長が、()らぬ説明を加えてきた。すでに完全に目を覚まし、しゃっきりとしていた老人は、苦笑しながら馬上で頷いた。たしかに、出発地の稲葉宿(いなばのしゅく)からここまで約半日の行程で、木曽川の流れを見るのは初めてだが、およそ尾張や美濃で生きる我らが、この大河のことを知らぬ筈がない。


他国者であることは言葉の発音でわかるが、それも、かなり遠くから駆り出されて来た者だ。またたく間に勢力を強めたこの城の主は、今や、それほどの広域から兵を徴募し、従わせるだけの魅力と実力とを有しているのである。老人は隊長を見下ろし、遠国(おんごく)からやって来た、やや軽忽で出しゃばりの彼が今後の厳しい(いくさ)の世を生き残れるものかどうかしばし考えた。




そして視線を移し、前方の大河を眺めた。あいだには絶壁と称してよいほどの峻険な崖が立ちはだかり、流れは遥か数十(ひろ)の眼下に在る。しかし、戦時だというのに、水の流れは相変わらずとゆったりとしたもの。秋の陽に照らされて水面がきらきらと輝き、向こう岸の濃い緑を背にしたそれは、ただひたすら、あの秋の空よりも(あお)い。


そして、細長く黒い影がいくつも、視界の右から左へ向け川面を流れているのが見えた。あれは、上流で杣人(そまびと)どもが切り倒した木を数本しっかと()わえ、即製の筏にしつらえたものだ。ここからではまだよく見えないが、編笠を被った筏師が上に乗り、太い竹竿を(かい)にして川底や(いわお)をあちこち突いて巧みに操り、途中の川湊(かわみなと)に寄せながら、やがて河口の津島湊(つしまみなと)へと至る。


木曽川に面したこの城下町は、いま視界の両端に盛り上がった丘のさらに向こうに一つづつ、こうした中継点としての川湊を抱えている。これらの湊を拠点に、町は美濃の奥地から伐り出された材木の集散と取引とで大いに潤っている。先程越えて来た総構(そうがまえ)の中の町並も、多くはこれに関係して日々の(かて)にありつく商人や人足どもによって成り立っているのだ。


戦地のすぐ近くとはいえ、取引は狂おしいほどの活況を呈していた。木曽川の流れは、ここ犬山城の北面を大きく廻り込んで再び南下し、そのまま数里を駆け下って津島へと至る。戦線にて対峙する羽柴方と織田方の宏大な城砦線をちょうど迂回するようなその格好の流路は、戦闘に巻き込まれることを恐れる川商人(かわあきんど)たちにとって、きわめて好都合なものだった。

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