第九章 鷹匠 (一)
末盛城に在ってひとり鬱々と楽しまぬ日々を送っていた織田勘十郎信行のもとに、ある日、ふらりとひとりの鷹匠が訪のうて来た。津々木蔵人と名乗ったその男は、まだ若いが整った顔立ちで、所作のはしばしに自然な威厳を感じさせる、どこか武家風な男である。彼は、いと美しき奥羽の鷹を御目に掛けるという触れ込みで、この高貴なる若君の御前へと罷り出たのである。
信行は、鷹狩を好んでいた。とはいえ彼の関心は、どちらかというと鷹狩という営為にではなく、鷹そのものの優美な姿形をひたすら愛でることにあった。最愛の弟を殺され、その復仇と勇み立った守山攻めも未遂に終わり、さらにまた後の処分においても常に清洲に主導権を握られ蚊帳の外に置かれ続けていた彼は、慰めを欲していた。そのような折、尾張では珍しい、奥羽の大鷹を目にすることのできる機会は、願ってもない申し出であったといってよい。もちろんこの場合、相応の金子と引き換えにはなろうが、「御目に掛ける」とは「献上する」のと同義である。
どことも知れぬ深山よりやって来た津々木蔵人は、卑屈さを全く感じさせない柔らかな笑みを湛え、涼やかな所作で微かな衣摺れの心地よい音だけを立て、まるで風のようにふわりと信行の前へと着座した。彼は手甲をしておらず、その上に繋いだ鷹もいない。ただ、いくつか小さな穴のあいた古びた小箱が脇へぽつりと置かれているだけである。
「儂は、鷹匠が参ったと聞いた。」
信行は、顔をしかめて言った。
「奥州の見事な鷹を献じに参った、とな。さて、肝心の鷹はどこにおるのじゃ?このあと呼子でも吹くと、空からそちの肩に降り来たるという趣向か?じゃが、どうやらお主にはその用意もできておらぬようじゃ。」
津々木は、この貴人のあからさまな皮肉にも一切動揺したそぶりを見せず、ただ柔らかな微笑みだけを返した。そして軽く一礼すると、膝の前に置かれたあの小箱の蓋を取り去り、両手で捧げてことりと床へと置いた。
屋根のなくなった箱の中から、ひょこひょこと忙しく動く、丸く茶色い頭が見え隠れした。津々木は箱の中に手を差し入れ、それを取り出し、信行の前へと差し出した。大きく丸い頭、よく超え太った丸みのある胴体にはいく筋かの特徴的な筋模様が入り、まるで畳まれた扇のような幅広の尾が突き出ている。愛嬌のある円な眼、少し下方に湾曲した、真っ黒で尖った嘴。
「百舌でございます。」
津々木蔵人は言った。
「拙者、日頃は山中に籠り多く鷹を躾けますが、大空を駆ける最上の狩人は、鷹ではなくこの百舌でございます。鷹は優美で美しく、人にも懐く良き禽でございますが、こと獲物を狩るにつけては、百舌こそがこの世で最上のもの。」
「そちは、戯れておるのか?」
ここに来て、信行は怒りをあらわにして言った。
「斯様に小さな、雀のように無垢なる小鳥が、鷹に勝ると申すか。尾張にも鳥はおる。鷹狩も行う。何が弱く何が強いか、尾張者は知らぬとたかを括っておるのか。」
「たか」が「鷹」と掛かり、下座に控えた下士たちのあいだに笑いが漏れた。彼らは、自らのあるじが他国者の無知ゆえの傲岸さを、貴人にふさわしい余裕をもった諧謔で軽くいなしたと思ったのである。だがそれは、ただの偶然だった。信行は焦り、ますます怒りをつのらせた。
「鷹は猛禽である。その小鳥は、おそらく鷹の餌であろう。そちは鷹匠であると自惚れ、どうせ無知な他国者と我らを軽んじ嘲笑んがため、ただの餌を大空駆ける狩人だと我らに吹聴しておるのであろう。」
もはやただの言いがかりと化した信行の悪罵に、津々木は眉ひとつ動かさず、静かにこう言った。
「左様なこと、拙者は思うてもおりませぬ。しかし、ただの餌にも見ゆるこの小鳥は、確かに鷲や鷹にも勝る、空の狩人なのでございます。今より、そのこと、御目にかけたく思いまする。」
そう言うとやにわに、末盛城奥御殿の中庭に向け左手をかざした。それを合図に、庭に控えた数名の下人が一斉に池の水を叩いた。水面にいた数羽の鴨が驚いて羽ばたき、宙に浮いた。
すると、津々木蔵人の掌の上から一条の黄色い光線が真横にぴゅんと飛び、逃げ遅れた一羽の小鴨を空中で差し貫いた。哀れな小鴨と無慈悲な狩人は一緒にぱしりと音を立て水に落ちたが、やがて百舌は、しぶきを立てつつ何度も羽ばたきながら自らの背丈よりも大きな小鴨の屍体を引っ張り、池の岸につけてその場で肉を啄みはじめた。




