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華闘記  作者: 早川隆
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第八章  椿事  (四)

守山城を取り囲み、城下に火を放ち、白馬に(またが)って大槍を構えた織田勘十郎信行は、城門の前で大音声を張り上げた。

「出て来い!卑怯者!我が弟の無念、儂が晴らしてくれる。不埒な謀叛人どもの()(くび)、残らず叩っ斬ってくれようぞ!」


ところが、守山城は固く城門を閉め、その怒声に答えようとしない。実のところ、城の留守居をしていた家老の酒井喜左衛門(きざえもん)角田新五(かくたしんご)の両名は、このときまだ全く状況を把握していなかった。やがて、北の河原から城内に駆け戻った目撃者が顛末を報告し、ぼつぼつと事情が明らかになって来た。


わかったことは二つ。後難を恐れた織田信次は、すでにどこへともなく姿を消し、彼らには城主がいないということ。直接の当事者である洲賀才蔵も逐電(ちくでん)し、彼らには怒れる勘十郎を(なだ)めるための手段が、何も残されていないということだった。


(やぐら)の上から、角田新五が事故と誤解である由を何度かき口説いても、若い勘十郎は聞く耳を持たず、そのまま総攻めを下知(げち)する始末だった。これはさすがに勘十郎の部下たちが止め、夕暮れになり彼らはそのままいったん軍を返したが、去り際、勘十郎はこう捨て台詞を残した。

「明日は、清洲と(ごう)して総攻めじゃ。おぬしら、今宵が最後の夜ぞ。夜明けには頸を洗って待っておれ!」


寡兵の城内は震え上がったが、家老二名は、まず弁明の使者を急ぎ清洲に立て、なんとか部下たちを落ち着かせた。夜半には事態を案じた岩崎城からの援兵若干も入城し、これにより士気がずいぶんと回復した。


翌朝、言葉通り勘十郎信行は麾下(きか)全軍を率い、殺帛(さっぱく)の気合とともに矢田川の向こう岸に展開した。西の清洲からは飯尾定宗(さだむね)率いる援軍が到着して包囲網を形成し、尾張国内はまた織田同士の内戦に陥るかと思われたが、水面下ではひそかに調停工作が展開されていた。すなわち、事件の直接当事者はすでに行方がわからない。よって、主のいない守山城に、清洲主導の人事で城主を迎え、以後はその威令に服することで手打ちとする。信長配下の知恵者、佐久間信盛という男が書いたこの筋書に従い、信長の腹違いの兄・織田信広の家門から、彼の利発な弟が迎えられることになった。


急遽、織田信時(のぶとき)と名乗りを上げたその新城主が入城し、酒井喜左衛門と角田新五は、城門脇で深く拝跪(はいき)しこれを迎えた。このいわば、不幸な事故をもとに言いがかりをつけられ城を乗っ取られた一連の経緯をよしとせぬ城内の強硬派は、清洲の意向を汲んだ酒井と角田とにあらかじめ容赦なく粛清されていた。


ぎりぎりのところで内戦は回避され、尾張に再びかりそめの平和がやって来た。だが、織田勘十郎信行は納得しない。彼は、兄・信長が自分に相談もなしに進めたこの政治的な手打ちを不服とし、その後も部下たちの前で荒れ、遠慮なしに兄に対する憤懣をぶつけた。もともと、彼は長兄の信長とは少し心的な距離があり、遊ぶのも語らうのも常に相手は喜六郎だった。

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