表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
華闘記  作者: 早川隆
41/76

第七章  舞人  (四)

「なるほど!既に味方は、敵勢の動きをみな知っておったのだな!」

又助が、膝を打ってそう叫んだ。

「おかしな戦だと、思ってはいたのじゃ。こちらの打つ手が、全て当たる。あれだけの大軍が、何もできずに退()がっていく・・・無論、我方みな必死に戦った。しかしあれだけの大軍が、まるででくの(・・・)坊のようにただこちらに討たれ、混乱して、戦意も見せずに逃げ出して行くのは、不思議じゃった。槍合わせするまではおっかねえ戦じゃったが、後半はただ、ひたすらに面白かった。」


弥三郎は答えた。

「その答えは・・・やはり梁田弥次右衛門でございます。梁田は、因幡守家に放たれた弾正忠家の密偵であり、細作(さいさく)でございました。彼は、彼の容貌や特技を活かして見事、最高の枢機にも関わる若き重臣の那古野弥五郎に取り入ったのでございます。中市場の合戦のときも、あらかじめ因幡側の進軍路や作戦などは、弾正側に筒抜けとなっておりました。優勢だった因幡守家が敗れたのには、権六殿や又助さんの勇戦以外にも、理由があったのでございます。そして。」


「そして?」

秀吉が、興味津々といった顔をしながら先を促した。


「この話には、お察しの通り、まだまだ続きがございます。」

弥三郎は、にっこりとしながら続ける。




 * * * *




中市場の合戦にて、案に相違し数多くの味方を討たれ大いにその勢力を弱めた因幡守家だが、いまだ主将の織田信友は健在、一番家老の坂井大膳も生き残っていた。大膳は老練な政治家で、軍事力の行使だけではすでに弾正忠家の勢を押さえきれぬと見て、これを分断する策を練った。


彼が注目したのは、先代・織田信秀の弟で、現在は上総介(かずさのすけ)信長の後盾の一人となっている織田信光(のぶみつ)という、大膳同様、老練で目端の利く初老の男である。大膳は、この信光をわかりやすい利で釣った。まず那古野弥五郎と語らい、城外に多くの連絡の(つて)を持っている梁田弥次右衛門を経由して密かに連絡をつけ、信光の軍勢を弾正忠家から引き離して清洲の城に()び入れた。もし事が成り、あの忌々しい上総介を打倒しその頸を叩き斬った暁には、現在の弾正忠家が持つ所領と全勢力を残らず預けようという織田信友の誓紙を信じた信光は、意気揚々と全軍を率い、自らの拠点・守山(もりやま)城を出て、そのまま清洲城の北櫓に入ってきた。


ところが織田信光は、坂井大膳が見込んでいた以上の悪辣な策士であった。彼は、冷静に彼我の勢いと力量とを計算し、織田信友ではなく、同じ弾正忠家の甥・織田上総介信長の異能に賭けると決めていた。信光はこの敵方からの誘いを、まずはそのまま信長に報じ、同時に一計を案じてそれを粛々と実行した。


数百の手勢とともに清洲城北櫓に入り、因幡守家を統べる織田信友のもとへ伺候し忠誠を誓ったあと、信光はこの新たな主人に手ずから帯剣を与えられ、恐懼(きょうく)して退()がった。その夜、返礼として因幡守家を代表し信光のもとを訪おうとした坂井大膳は、しかし北櫓を守備する兵どもの帯びる殺気と、ぎらぎらとした眼の光とにただならぬものを感じ取り、そのまま風をくらって城外へと逃げ出した。


大膳が察した通り、信光の内応は形ばかりのことで、その真意は初めから清洲城の乗っ取りと因幡守家の討滅にあったのである。先ほど上座から信光を労わったばかりの織田信友は周囲をとり囲まれ、与えた帯剣を床に投げ返され、即座の切腹を強いられた。因幡守家の枢要な面々もみな容赦なく斬られ、もとの主人を喪った清洲の城へ、なんと夜闇をすかして上総介信長の軍勢までもが大挙して駆け入って来た。内と外から襲われ、将も斬られ、勢威を誇った因幡守家の兵たちは、そのまま武具を()て降を乞うしか道はなかった。


下四郡は、この恐ろしい叛乱の夜を境に、みな織田弾正忠家の統べるところとなった。元を辿ればおなじ血族同士の凄まじい内訌、詐略と陰謀そして虐殺の果てに、尾張の最大勢力・織田因幡守家は消滅してしまったのである。最大の功労者である織田信光は、事前の申し合わせに従い、甥の上総介信長と四郡のうち二郡を分け合った。奪った清洲城はそのまま信長に献上し、その代わりに那古野の城を受け取る。それまで信光が拠っていた守山城には、信光のすぐ下の弟で、信長からすれば同じく叔父に当たる織田信次(のぶつぐ)が城主に収まった。


しかし、策士・織田信光の栄光は(はかな)かった。那古野城主となって半年のち、彼は、それまで彼の正室と密通していた坂井孫八郎という武士に、城内であえなく殺害されてしまう。そして下手人の坂井と正室は、そのあとすぐに上総介が放った追手に有無をいわさず二人揃って(ちゅう)されてしまい、事件の真相はよく解明されないまま終わった。もちろん城は、同じ弾正忠家でもとの持主でもある織田上総介が当然のごとくに接収し、信光の配下やその所領は、各員の助命を条件にその尽くが上総介のものとして吸収されてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ