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華闘記  作者: 早川隆
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第七章  舞人  (三)

夜な夜な弥次右衛門に(ねや)で吹き込まれたことを、まだ若く純朴な弥五郎はなんの疑いもなく主君・織田信友に進言する。彼の父親の忠良さ、勇戦ぶりとその見事な最期を鮮明に記憶していた主君は、多くの場合、弥五郎の進言をそのまま()れた。


やがて弥次右衛門の()いた毒は、因幡守家全体にゆったりと廻り、廊下や櫓、(くりや)、武者(だまり)などあちこちの淀んだ空間で揮発し、清洲城内を隈なく覆う、目には見えない黒雲となった。


そしていつの間にか、ここ尾張の本来の支配者であるはずの守護・斯波武衛家が、目障りな織田家を排斥し実権力を奪回しようと目論んでいるという、まことしやかな噂が城内を密やかに巡り、城下にまで広がった。そしてそれらの噂に、町雀(まちすずめ)たちによる無責任で面白半分な尾鰭(おひれ)がつき、それらはひそひそとまた城内へと舞い戻り、やがて疑い深い慎重な人士たちも、ついこの根も葉もない怪情報に耳を傾けるようになった。


そして、この尤もらしい嘘を真に受けた坂井大膳、川尻与一、織田三位(さんみ)、すなわち織田信友を支える織田因幡守家の三家老が密議を凝らし、彼ら自身の安全をはかるための予防措置、すなわち主家に対する公然たる叛乱を計画した。


天文23年の7月12日、三家老は遂に機会を得てそれを実行した。この日、守護・斯波義統(よしむね)の嫡子義銀(よしかね)が城下に川狩(かわがり)へと出かけ、城内の主だった衛兵どもは、丸腰の若君の身柄を守るためその多くが城外へと出ていた。もぬけの殻となった清洲城内の一角で()った三家老ら一味は、まず城門を閉めさせ、供回りたちのわずかな抵抗を排除して主君義統を櫓の一角に追い詰め、無理やり自害させたのである。


即座に凶報を伝える伝騎が飛び、湯帷子(ゆかたびら)姿で川に入りバシャバシャと水を叩いてはしゃぎ回っていた若君は、ぶざまにもその姿のまま那古野城に逃げ込んで弾正忠家の保護を願った。織田上総介信長はこれを受け、同時に因幡守家の変心を詰問する使者を清洲に立てたが、もちろん返答はなかった。


上総介信長はそのまま下四郡に散らばる弾正忠家の各勢力に檄を飛ばし、一時的にではあるが、弾正忠家の総力を挙げ因幡守家の暴挙を膺懲(ようちょう)するための強力な義軍が結成された。彼らは一週間後、中市場(なかいちば)で因幡守家側が急ぎ狩り集めた清洲周辺の大勢力と激突した。


兵力数とそれを支える経済的な実力をもってすれば、下四郡の中心部を押さえる因幡守家の優位は動かない。しかし、軍議で定められた彼らの分進路はなぜかあらかじめみな敵に知られ、城下の街路のあちこちに伏せられた兵力からいちいち要撃され、やがて大軍の進撃は頓挫した。


鼻先を叩かれその衝力を失った大軍に対し、劣勢のはずの弾正忠家側の戦士たちが、街の辻から次々と飛び出て果敢に挑みかかった。大軍は寡勢のはずの弾正忠軍に押し込まれ、じりじりと後退し、ついに街の口に穿(うが)たれていた大(ほり)の中へと追い込まれた。ここで、彼我の装備する槍の長さがものを言った。柴田権六の率いる弾正忠軍が突き出す長槍が威力を発揮し、接近戦に持ち込もうと斬りかかって来た因幡守軍中枢の精鋭たちを次々と突き殺し、彼らは朱に染まってざんぶと濠へ転げ落ちた。


結果、川尻与一、織田三位など三十余名もの名のある武士たちが討死し、雑兵や従者の犠牲はその数倍にのぼった。さしもの因幡守家の大軍も攻撃を続行することができなくなり、いったん中市場の戦場から軍を引いた。


この合戦で、柴田らと共に奮戦した弾正忠家の精鋭の中に、他ならぬ太田又助が含まれていた。彼はまだ二十数歳の若さであったが、得意の強弓を構え、市場の屋根に上り、あるいは物陰から巧みに狙いをつけ、数名の敵を射倒した。

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