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華闘記  作者: 早川隆
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第七章  舞人  (一)

「わからねえ。まるでわからねえがよ!」

上座で秀吉がはげしく首を振った。


「意地はって小城に()り気勢を揚げるわずか数百ばかりの丹羽勢に、なんでわざわざ池田が足を留め、お付き合いして総攻めしてやらにゃならねえで?なんで、どえりゃあ危ねえ行軍の最中に、そこまでしてやる理由がある?まるで説明がつかねえで。弥三郎さん、いくら勝入斎(しょうにゅうさい)情誼(じょうぎ)に篤い人だとしてもよ、そりゃ、とても・・・まず、あり得ねえ話だで!」


戦場経験のまったく無い弥三郎が述べた、この軽々しいとも思える所見に対し、いくらか非難を込めた秀吉の反論だった。隣では又助も沈黙し、暗に秀吉への賛同を示した。


しかしそれでも弥三郎は変わらず、ただゆったりと微笑している。秀吉の反論は、(おそらく彼自身がひどく困惑しているからだが)座談にしてはひどく真剣な響きのこもったものだった。これが通常の主従のやり取りであれば、配下の者は威儀を正し、なんとしても真面目に応答せねばならぬ場面である。


弥三郎はまだ秀吉の公式な臣下ではなく、また本日のところは「昔馴染み」という特殊な立場で座談を行なっている。とはいえ、いま上座に座るのは、おそらくはもう直ぐにこの日本(ひのもと)全体を()べることになるであろう、新たなる覇王である。この弥三郎の落ち着きは、あまりに平穏すぎて、却って場の雰囲気にそぐわぬものだった。秀吉のずっと後ろのほうで、若い才槌頭が、じっと食い入るように弥三郎を見つめていた。




弥三郎は、新たなる覇王からの異議に対し、絹布のように柔らかい声でこう答えた。

「先ほど丹羽の意地と申したは、ただそのときその場に()った次郎氏重(うじしげ)殿の武士の意地、という意味に(あら)ず。」

ここでひときわ大きく、にっこりと笑い、

「もっと、もっと昔。藤吉郎さんが家内に入ってくるよりずっと前の、織田家の内訌に端を発する話でござる。」


そう言って、傍らの又助のほうへ目をやった。

「おみゃあさんなら、覚えておるはず。御身も参加された、中市場(なかいちば)での合戦ごろの話じゃ。」

又助は目を()いた。

「そ、そりゃ、どえりゃあ昔の話じゃで!もう三十年にもなるかいの?たしかに、合戦には出た。おっかねえ激戦じゃった。だがよ、あん頃はまだ弥三郎さんも、この尾張に居らんかった頃じゃろ?」


弥三郎は頷いた。

「さよう。この祝弥三郎(はふりやさぶろう)重正がまだ織田弾正忠家にお仕えする前の話。尾張が幾つもの勢力に別れ、互いに血で血を洗う争闘を繰り返しておった昔のことよ。木下藤吉郎秀吉なぞ、まだ草莽(そうもう)に埋もれ、どこで何をしておったのか、誰もわからぬほどの大昔じゃ!」




いきなり弥三郎の丁寧な言葉使いがはげしく変化し、又助も秀吉も、そして後ろのほうで才槌頭も、皆がぎょっとした。


しかし弥三郎は、すぐと元の丁寧さを取り戻し、

「いや、これは失敬(つかまつ)った。」

と笑い、ひとつ咳払いをし、改まった口調で、さらに昔の話を続けて良いか秀吉に許可を求めた。

「これからしばらく、この弥三郎が、一寸(ちょっと)した昔語りをしとうござる。さすれば、さきほど申した丹羽の意地も、池田の情も、長久手の戦での腑に落ちぬ不思議の数々も、筑前守どのがいま不審に思われている全ての疑問が一気に氷解するで御座ろう。続けてもよろしいか?」


「そりゃ、無論のことじゃい。どうか頼むでよ。」

秀吉が、まだ半ばきょとんとした表情のまま、話の流れへ釣りこまれるように許可を与えた。

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