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華闘記  作者: 早川隆
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第六章  意地  (六)

次郎氏重は、数日前、ここに大軍が殺到する可能性について警告を受けた。しかしそれは、何らかの対処を勧告する本来の意味での警告というより、避け得ない破滅をあらかじめ予告するだけの、ただの知らせのようなものだった。


その凶報をもたらした使者は、さらに、こうも告げた。

「おそらくは雲霞(うんか)の如き敵勢を、通すも(ふさ)ぐもご随意(ずいい)に。ただし、数刻でも足止めすることできれば、戦勢に大いなる利を(もたら)し、ひいてはお味方を大いに助けることにもなりましょうな。」


すでに視力を喪った次郎の網膜に、その使者の(さか)しら顔が(えい)ずることはない。しかし、次郎は心中ひそかに舌打ちした。此奴(こやつ)は、笑顔で我らに死ねと命じている。ただ死することを求めに、わざわざこんな彼方までやって来たのだ。道中、さまざまな危険があったにも関わらず。


此奴は、危険を知らせ、そしてそれに身を捨てて立ち向かうことで得られる栄誉のことを(ほの)めかせば、この儂がどのように反応するか、あらかじめすべて織り込んでいるのだ。このように言えば、この儂が、そして岩崎城の全将兵が、一命を(なげう)ってやがて現れる敵の大軍に向かい徹底抗戦することを、完璧なまでに予期しているのだ。


(わし)らは、此奴(こやつ)の書いた筋書どおりにただ死し、そして栄誉を得ることになるのだ。それは、天然自然のものではなく、意図的に用意された、いわば偽物の栄誉である。しかしそれが、得難い無上の栄誉であることには変わりない。そして、この次郎氏重が、ひいては一色丹羽氏全体が、その栄誉を棄てる選択肢を採ることなど、全く、あり得ない。




此奴(こやつ)は、すべてを知っている(・・・・・・・・・)




瞬間、どこか心の暗がりから(よど)んだ殺意が沸騰し、次郎は腰のものを抜いて、この忌々しい地獄の使いを無言で斬ってしまおうかとすら思った。しかし、自分に決してそれができないことも、同時に理解していた。


なぜなら、眼前に居るこの(さか)しらな地獄の使いは、次郎にそれができないことをも、あらかじめ織り込んでいるに違いないのだ。だから、 (自分に見えはしないが)きっと朗らかな笑顔でも浮かべて、ただゆったりとそこに座っているのに違いないのだ。


自分は、この世界の光を再び見ることもないまま、ただ十六歳で死するしかない。まあ、それは、よい。儂は、(めしい)の役立たずとはいえ、(れっき)とした武家の棟梁の弟だ。しかし、供奉(ぐぶ)する幾百もの部下たちをも死なせ、彼らの霊とともに、勇士としての無常の栄誉が授けられるのを、遥か彼方の黄泉(よみ)の国から無言のまま、ただ目撃することになるのである。


このまま、この使者の(もたら)した運命に殉ずることが良いことなのか悪いことなのか、まだ十六歳の若武者には、どうにも判断のつきかねる、重い重い事柄であった。そして、眼前に座るこの地獄の使者が、笑ってはおらず、せめて神妙な面持ちでも浮かべていないか、眉根に皺を寄せ、閉じた目蓋(まぶた)を意志の力で押し上げ、かすれた視神経で確認しようと、さいごに試してみた。


だがそこには、(ぼう)っとした人らしき影が映るばかり。どこの誰ともわからず、もちろん表情など、覗い知れるはずもない。そしてその(ふち)(にじ)のっぺらぼう(・・・・・・)の姿が、次郎がこの世で眼に見た最後の人間であった。




やがて、遥か眼下に展開する雄大な池田軍に動きが出てきた。数列の横隊となって伏していた彼らがまた槍を突いて立ち上がり、本陣から発した数騎の母衣武者が各列をあちこち駆け回って、なにごとか手筈を伝達している。この大軍による、恐るべき攻勢の発起は間近いことと思われた。


大馬出への、兵の派出を急がねば。


丹羽次郎氏重は、どこまでも彼について行く決意を固めた忠良なる部下たちとともに、身を起こして(やぐら)を降りはじめた。




彼が、舅の応援に駆けつけた森勝蔵勢の鉄砲射撃に()ってその若き生命を散らすのは、わずかにこの二刻 (約四時間)あとのことである。

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