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華闘記  作者: 早川隆
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第六章  意地  (五)

「池田かよ。」

次郎氏重(じろううじしげ)は、役に立たぬ眼を(つむ)ったまま、誰に言うともなく呟いた。


「さよう。勝入斎の本軍でございます。その後ろ、首狭間の内にはまだ後続が。おそらくは・・・身内の森勢でござろう。そしてさらにその後ろに堀勢がおり、後尾はまだ川を(わた)りきっておらぬとのこと。」

傍らで誰かがそう答えた。先ほど駆け戻ってきた諜者の報で、おそらく多少の時間差はあろうが、その隊列の長大さからして、現在でも状況にさほどの差はなかろうと思われた。


「とてつもない、大軍でござる。」

また別の誰かが言った。言外に、触れずにそのまま通せ、という意を含ませた付けたりであった。


実のところ、あまりに急なことで、次郎は城内重臣たちの声が誰の声か個別に識別することができていない。彼がこの城に入ってから、まだ一週間も経過していなかった。だが、次郎は消極策を唱えるその声に、毅然と反応した。

「いや、迎え撃つでよ。おめえら、悪いが死んでくれい。」




見えないが、次郎には、空気の動きで周囲の者どもがたじろぐのがわかった。彼は、構わずに言葉を続けた。

「奴らを、足止めすんのよ。幸い、真下の街道沿いには厳重な柵をこしらえてあらあ。奴らも、そのままじゃ通れねえ。必ず、いちどは寄せてくる。」


「柵には、たかだか四十(しじゅう)やそこらの弱兵しか配しておりませぬぞ!」

誰かが言った。この年若い城将の短慮を(いさ)めるというより、なにか柵の兵らを救う手立てはないか思案しながらといった風の声音(こわね)であった。次郎は、嬉しそうにこう言った。

「そん(ため)の、大馬出(おおうまだし)じゃい。あそこから、兵の百でも突出させて高所からひっかき廻しゃあ、敵勢もいささか手を焼くじゃろ。」




岩崎城の北東斜面には、幅数十(けん)にはなろうかという長大な二の丸が(しつら)えられており、本丸に至る狭い通路を眼下から覆い隠している。周囲を囲む土塁と柵以外に施設は置かずただ平らに(なら)されており、宏大な大馬出(おおうまだし)として機能するようになっていた。


次郎の指示した作戦は、ここに城の主力を配し、高い機動力を持った打撃部隊として進退させ、敵勢がこれを追って寄せてくれば、柵間で待ち構えた、なけなしの数十丁の鉄砲で一斉射撃を加え損害を与えるというものである。


たしかに、時宜をわきまえ、適切に指揮すれば、いったんは大きな戦果が期待できる作戦である。しかしその代り、次に来る必然的な破滅は避けられない。なにしろ、兵力が違いすぎるのである。「死んでくれ。」というこの年若い臨時城将の言葉は、まさにその言葉通りの運命となって、そのあとすぐにこの城の全将兵を襲うことになる。


要は、玉砕の命令であった。




次郎は、部下に一切の議論を(ゆる)さなかった。ただ彼の一存で玉砕することを決し、それを部下に指示し従うことを強いた。彼らは全員がその生命を差し出し、ただ数刻の時間稼ぎを行うのである。


次郎は、余計な説明を加えなかった。配下の将兵は全員無言で、身を固くした。しかしこの外部からやって来た若武者の一方的な決定に抗議する者は、誰一人としていなかった。


彼らには、わかっていた。彼らの稼ぐその刻が、この決戦を左右する重要な一刻になる。そして。




もう数十年の昔から連綿と続く、一色丹羽氏の伝統的な意地を、あらためて満天下に知らしめる好機となるのだ。

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