第六章 意地 (四)
香流川の畔からここまで、黒い森林に覆われた丘陵と深く落ち窪んだ低地とが錯綜し、東の空からまだ低い夏の太陽に照らされて、まるで数匹の大蛇が絡み合うかのような闇を造り出している。「首狭間」と呼ばれるその谷は、この城の北面手前で途切れ、いままさに谷の出口から、万余の大軍が続々と吐き出されつつあるところであった。
彼らは、陰鬱な谷間の暗闇から解放され、陽光の降り注ぐ平地に出てくると、浮き立つような足取りで真横に散開し、そのまま数段の横列を作って、まるで数十条もの畑の畝のように前進して来た。ぶお、ぶおと空気を震わす法螺貝の低い音がその音圧で彼らの背を推し、どん、どん、どんと間歇的に響く戦鼓の拍子が、彼らの歩速と進軍速度を整えている。
幾百幾千ものさまざまな文様を描いた旗指物が風にたゆたい、さらに数の多い槍穂の先が陽光に照らされてキラキラと輝いた。そしてその各列のあいだを、大きな母衣を背負った騎馬武者どもが駆け回り、進軍の統制を行っていた。誰の眼にも、眼前に突如出現したこの整然たる大軍が、おそるべき練度と技倆を持った最精鋭の戦闘部隊であることがわかる。
やがて谷間からのっそりと、ひときわ大きな馬印が現れ、数十の綺羅びやかな親衛隊に護衛された主将の騎馬が現れた。その周囲には、幾旒もの背の高い旌旗がたなびき、さまざまに彩色されたそれらには一様に、物言わぬ地獄の使いにも見える複雑な備前蝶の文様が染め抜かれていた。
大軍は悠然と行進し、城の北面、街道上に設けられた臨時の阻塞から数丁離れて停止した。戦鼓の音が熄み、そしてそのままこちらの出方を窺うかのようにしばし沈黙した。風にはためく旗布と柄のこすれる耳障りな音だけが、しばらくあたりの野を覆った。
岩崎山の北側斜面の頂部に築かれた櫓の上から、この城の主将・丹羽次郎氏重とその側近たちが、この大波のような敵の見事な進軍ぶりを見下ろしていた。次郎は、元服してから数年を経たばかりの少年で、これが初陣であった。
しかし、見下ろしていたといっても、肝心の次郎氏重の網膜には、いま眼下に展開するなにものも映されてはいない。彼は、戦の直前に罹患した疱瘡(天然痘)の後遺症により、このとき完全に視力を喪っていた。さらに全身に瘢痕が残り、脚は細って立つのがやっと。
今も、本来の城将である兄より託された家伝の宝刀を収めた鞘を床に突いて、やっと、ふらつきながらも身を支えているといった塩梅である。彼はただ、横で彼の腕に手を添えながら敵勢の数や装備、陣形などを告げる年嵩の家老の言葉を聞きつつ、眼前の暗闇のなか、近づく相手の気配だけを、自らの膚や毛穴を通して感じているばかりである。
厳重な小牧の城砦線の背後深く。後背の安全地帯として、兄はこの障碍を持つ若い身内に後図を託し、前線へと出ていってしまった。僅かな留守居の兵力は、警戒用の老兵、弱兵のみ二百五十ばかり。
このみじめな小勢で、現れた大軍にわずかでも抵抗を試みるということは、別に眼が開いていようといまいと、ただの犬死になるのが明らかであった。




