第六章 意地 (三)
「敵って、誰かよ?」
秀吉が聞くと、弥三郎は答えた。
「そのとき岩崎城を守っていた、丹羽氏でござる。」
傍らで、又助がわずかに身動ぎした。だが弥三郎は、秀吉のほうを見ながら説明した。
「又助さんは既によくご承知のとおり、あのとき岩崎山に居ったは、同じ丹羽でも惟住 (丹羽長秀)様の御家とはまったく、血筋が違います。もとは九州探題であった一色氏の裔。」
「そのこと、儂もよく承知してるでよ。そして、岩崎の丹羽一党はみなみな儂に反し三河方に組した。たしか、当主の勘助 (氏次)はそのとき城を留守にし、小牧の家康のもとへ詰めておったそうな。」
「さよう。斯様な後詰めの城に用はなし、と、当主みずから最前線に出ておりました。手柄が欲しかったのでござろうな。そのかん、留守居を任されたは、弟の次郎氏重殿。まだ十六歳の若武者でございます。重い疱瘡の病に罹ったあとで、その眼すらよくは見えぬ有様であったとか。」
「弥三郎さん、なんだか、敵方の城の事情に、えろう、詳しいのう。」
秀吉が感じ入ったような、またふと疑念を生じているかのような口調で言ったが、弥三郎は落ち着いて手を振り、それを早々に払拭した。
「拙者の預かる稲葉宿には、この戦の時分にも多少の人の行き来がございます。荷が動き、人が動き、そしてそれとはなしに敵方の領分で交わされている人の噂なども、一緒にわが耳に入って参ります。」
「なるほど。」
「次郎殿勇戦の話は、一色の意地を見せた忠烈の鑑として、いまや日ノ本の遠近に聞こえておるとのこと。漏れ聞くところによれば、そのとき城兵わずか三百足らず。これで数万にもなろうかという池田・森の中入り軍を迎え撃つなど、どだい無理というものでございます。」
「そのとおりじゃ。そのまま城に籠もっておれば、たぶん勝入入道も鬼武蔵も手出しせず、そのまま城下を通り過ぎた筈じゃ。」
秀吉は、苦々しげに言った。
「ところが次郎殿は、城を出て街道上に陣を敷き、抗戦の意欲を示しました。そして、池田勢はこれに突っかかっていったのでございます。」
「相手にせず、ただ押し通ればよかった。それなのに、あれだけの手練がよ。」
「戦場では、ときに思いもよらぬことが起き申す。そのときも、つい、はずみで敵味方がもみ合い、途中で引込つかず、そのまま本戦になってしまったものではなかろうか?」
こうした最前線での戦闘経験を豊富に持っている又助が口を挟んだ。しかし、弥三郎は黙って首を振った。
「おそらく、違いまする。そのとき布陣した丹羽軍に、勝入入道は、初めからはっきり意図して、攻めの采を振り申した。」
「なぜじゃ?部下にまず血の匂いを嗅がせ、小城を血祭りにあげて気勢を上げるための・・・景気づけか?」
又助には、そうした最前線でのいわば慣習となっている士気高揚の方法について言ったが、それには上座から秀吉が疑義を呈した。
「いや、そんな余裕のある戦ではにゃあで。なにせ、あんな敵中奥深くじゃ。足を止めてる暇は無え。それがわからぬ勝入入道じゃ無えはず。だから不思議なんだで。」
又助も、苦しげに頷いた。たしかに、そのとおりである。
そして、弥三郎がとうとう彼らの疑問に対する、解を示した。
「それはおそらく・・・丹羽の意地。そして、それに応えた池田の情。」
秀吉と又助は、驚いて弥三郎を見つめた。




