第六章 意地 (二)
またひとしきり笑ったあと、又助は虚空を見上げ、考えるような仕草をした。
「はて。なんの話をしちょったかいの?」
「乳の話よ。大御乳様の。」
「ああ、そうじゃ。そうじゃ。勝三郎殿のお討死にで、どれだけ大御乳がお力落しか、と気遣ったところで、気がついたらこんな話になっちょった。」
「まったく、とんだ罰当たりじゃ!儂らはな。昔と、なんも変わらん。」
秀吉は言い、はっと思い出したように扇を前に差し、弥三郎のほうを見ながら続けた。
「弥三郎さん。なんか、わからんかいの?昔、お館様のおそば近くに控えて、勝入入道とも仲良うしてたあんたなら、長久手で入道がなんであんなに足止め喰ったか、その理由についてよ、なにか思い当たる節でもにゃあか、それを聞きてえでよ。」
「足止め喰った理由でござるか?なぜそれを拙者に?拙者は戦事にはとんと疎く、みずから刀槍振るって戦うたことなどありませぬ。戦場での軍将のお考えなど、全くわからぬことで。」
弥三郎は、きょとんとした顔で答えた。
だが、秀吉は畳み掛けた。
「いや、よ。別にそんときの入道の気持ちをそのまま教えろたあ、言うちょらん。ただ、昔の池田勝三郎を知っとるなら、あんな危ねえところ、敵中深くで歴戦の名将がまごまごしちょった理由について、なんか思い当たる理由はねえか聞きたいんじゃい。実は臆病だったとか、なんとかよ。」
「勝入入道は、臆病者ではござらぬ。また卑怯者でもござらぬ。」
弥三郎は、断言した。
「おそらくは、織田家中きっての勇士にて名将。その世俗の評価は、まったく正しいものと信じまする。ただ。」
「ただ?」
秀吉は眉を上げ、興味津々に尋ねた。
「ただ・・・何じゃな?」
「ただ、いささか人に対し情誼に厚いところがお有りでした。一軍を預かる将ならば、戦に勝つため、ときに私情を棄て、冷徹なるご決心を為すことも必要となりますが、そこで少しばかり情に流され過ぎる面が。これは、かつて口惜しげにお館様もしきりと言われていたことです。」
弥三郎は、正面から秀吉を見つめ、まじめな顔で言った。
「情に、流され過ぎる。」
秀吉は繰り返し、そしてさらに尋ねた。
「じゃあよ、ひょっとしてあの首狭間で、入道は誰か助けちゃろうとか、しちょっとかよ?」
「いえ。拙者の見立てでは、その逆にて。」
「逆?」
秀吉は、狐につままれたような顔をした。又助も意外そうに弥三郎を見た。
弥三郎は、自分に向けられた両者の視線を感じ、少し首を傾げながら答えた。
「いや、歴戦の藤吉郎さんや又助さんと違い、あくまで戦事にはずぶの素人が申すこと。もしかしたらとんだ見当違いかも知れませぬが。なにとはなしに、拙者には、あのときの勝入入道の御気持ちが、わかるような気がするのです。」
「どういうこつじゃい?」
秀吉が目を輝かせ、膝を前に進めて先を促した。弥三郎は言った。
「それは、情に流された勝入入道が、助けようとしたのではなく、むしろ敢えて、敵に死に場所を与えてやろうとされたのではないかと。」




